
100年続く鍛冶屋の技術で宇宙産業へ参入 高い技術をオープンにしてつながることが飛躍の条件
株式会社Dream Share
代表取締役
内田 健 / Takeshi Uchida
どんなビジネスも個人の夢からはじまる。「Dream Share」は経営コンサルティング、商品企画などによるアライアンスの促進、ベンチャー企業へのインベストメントなど、さまざまな形で顧客の皆さまの夢を応援する会社です。
私は仕事というのは人との信頼関係で成り立つものだと考えています。そのため、サポートするお客様は報酬の高低や知名度で決めるのではなく、自分たちが心から「好き」だと思えた企業のお手伝いをするという方針で、お取引をさせていただいております。「好き嫌いで仕事を選んでいる」というと、少し感情的で偉そうにに聞こえるかもしれませんが、相手を「好き」でなければ、一蓮托生の思いで伴走することは不可能だと考えています。
社長の熱い思いに惚れ込んでお手伝いさせて頂いた、ラーメン店「一風堂」の商品開発では、新商品「もやしソース」をTSUTAYAのレジの横に置くという奇策を展開しました。本と調味料という、一見関連性のない商品を並べることで消費者の興味を惹き、TSUTAYAブランドの強さと利用世代にマッチしたことで、「もやしソース」は人気商品となりました。そして、そのあと「一風堂」は一部上場を成し遂げたのです。
この経験から、「好き」という気持ちこそがお客様を徹底的にサポートできる原動力になるのだと実感。このプロジェクトはとても思い出深い仕事となりました。
私は子どもの頃から剣道一筋で、東海大学武道学科では「日本柔道界最強の男」と称された、山下泰裕氏に師事していました。初めは剣道の実業団の一員としてそごうへ入社するものの、次第に練習よりも配属された外商部での仕事をする時間が増えていきました。
富裕層を対象とした外商では、どのようにしたら「お客様に会ってもらえるのか」「商品を手に取ってもらえるのか」といったセールスの基本から、実際に購入に至るまでの戦略を試行錯誤する日々。「似合うと思って持ってきちゃいました」とポケットから指輪を出して手に取ってもらったり、絵画をとわざと玄関に忘れていき、家に馴染ませてしまうことで購入していただくなど、厳しいノルマに追われる中でさまざまな手法を編み出していきました。
飛び込み営業の辛さに同期がどんどん辞めていく中でも、諦めずに長く続けられたのは、幼少期から剣道で培った「めげない精神」のおかげだと思っています。
その後、「TSUTAYAホールディングス」のトップを務めた日下氏との出会いを機に、TSUTAYAにレンタル用のビデオを下ろすベンチャー企業「レントラックジャパン」へ入社しました。1998年当時は、TSUTAYAの認知度もまだまだ低かったのですが、「これから必ず大きくなる」という日下氏の宣言通り、レントラックジャパンとTSUTAYAは共に上場企業へと成長しました。関連会社である「カルチャーコンビネンスクラブ(CCC)」にも出向し、100億円規模の売り上げを出す部署を受け持つなど、忙しくも充実した日々を過ごしていました。
その最中に突如として日下氏から独立を促されます。それにより「Dream Share」が発足されました。独立後もCCCが業務提携を結んでくれるなど、日下氏は私にとって、「大きくきっかけをくれ、仕事を繋いでくれる人」であり、人に支えてもらったからこその今の自分なのだなと深く感謝しています。
昨年、Dream Shareのオーストラリア支部を立ち上げました。この支部を足掛かりに、今後は世界を視野に入れ仕事をしていきたいと考えています。3年後を一つの目標として、今は人脈作りや世界に通用する力を身につけていくための準備期間としています。
終身雇用という概念がなくなりつつあるように、私はこれからの未来は雇う側、雇われる側という上下の関係よりも、ビジネスしている者同士がフラットに繋がれる形が増えていくと思ってます。つまり自己責任で仕事をすることが多くなる。そのため、自分の判断軸をしっかりと持っていなければ、よい仕事はできなくなるのです。だからこそ、私はこの先も変わらず好きな人とフラットな関係性で仕事をする自分軸を貫きたいと思っています。仕事を楽しみ、仕事で人を楽しませて生涯現役を目指したいです。
生年月日 | 1969年3月3日 |
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出身地 | 大阪府枚方市 |
血液型 | A型 |
星座 | うお座 |
家族構成 | 妻・長女・長男 |
座右の銘 | 他利を重視 |
1969年、大阪・枚方生まれ。1991年に横浜そごう・外商部にて勤務後、1998年レントラックジャパンへ。総務部長、直営店事業本部長、人事総務部長、法務D、ロジスティス管理部長、営業部長と多分野の部長を歴任する。2005年にブロウアウトジャパン代表取締役社長に就任(レントラックジャパン100%子会社)。’08年TSUTAYAに出向し、サプライ物販GL、SCM推進Gサプライ物販統括Dを務める。退社後、’09よりDream Shareを立ち上げ、代表取締役社長に就任。’10年にサンレジャー(現Vidaway)、’15年にハードワイルドワンダーランドの取締役に就任。現在はギア、グローバルスカイ・エデュケーション、プレンティ、ヴァーテックス、レナードなどの企業で顧問を務める。
インタビュー・執筆:福井寿久里/編集:佐々木久枝
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