
お金で困ることのない社会を実現し、日本を守り、元気にする
キリロム工科大学
学長
猪塚 武 / Takeshi Izuka
「今、日本の企業を支える人材を育成する拠点をカンボジアに作っています。それがキリロム工科大学(KIT)。日本語ができて、英語が堪能、そして最先端のIT技術を有する人材。頭が良く、リーダーの素質があり、長く働いてくれる…そんな若者こそ日本企業にとって、ともにイノベーションを起こせる人材ではないでしょうか」
こう語るのはカンボジア・キリロム国立公園内にあるキリロム工科大学・学長の猪塚武。
首都プノンペンから車で約2時間、東京ドーム2000個分の広大な敷地には、自然が溢れ、涼しげな滝が流れる。2014年に開校し、現在、カンボジア国籍の学生約120名とさまざまな国から集まったインターン生が学ぶ。
KITは、全寮制で学費・生活費は無料、講義はすべて英語で行っている。最先端で高い教育水準を保つことを重視し、企業や起業家との産学連携やスマートラーニング、豊かな奨学金制度など、他大学にはないカリキュラムを備えている。インドからITに強い講師を招き、フィリピンや日本からネイティブの語学教師が派遣されており、学生は高いIT技術と英語、日本語を身に付けることができる。入試倍率は20倍を超える難関であり、厳選された学生が集う。2018年4月からは10名の日本人留学生も受け入れる。
学びの中心はインターンシップ。学生はインターンとしてIT企業から仕事を受託し、システム開発や研究をすべて自分たちで行う。
その内容は、スマートシティの立ち上げ、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)対応の不動産ソフト開発、IoTの水道メーター、ドローンを用いた測量、動画・インフォグラフィックス制作、決済アプリ、ERP、セキュリティオートメーション、モバイルコンタクトセンターなど。経済的価値が高く、かつ世界の最先端技術を網羅した開発案件だけに絞り、取り組んでいる。
こうした実践的な学びにより、KITはソフトウエア開発のアイデアコンテストイベント・ハッカソンのアプリ開発コンテストで開幕5連勝を挙げている。その他にも、Microsoft Imagine Cupというアプリ開発コンテストでカンボジア第1位(ASEAN2位)など、数々のITコンテストで高成績を収めている。
KITに優秀な学生が集まるのは、学費・生活費が無料であることに加え、卒業後、良い仕事に就ける保証があり、海外で働けるチャンスも得られるからだ。特にカンボジアでは、同国の平均初任給の約10倍の年収を得られるという。
無料で学べる分、同校では学生に2つの義務を課している。在学中に4年間、インターンをし、その単位認定を得ること、卒業後4年間は奨学金提供の協賛企業で働くことだ。
「寄付や政府の助成金に頼らず、民間の学校としてビジネスを成立させることに意義がある。シリコンバレーの中心的大学、スタンフォード大学と同様に、企業と学校、学生が繁栄するモデルをつくっています。企業は奨学金200万円を出資することで、優秀な開発力を長期的かつ安定的に得ることができる。学生にとっては、経済的負担が少なく、優良な教育が受けられる。企業と大学、双方にとってのメリットが大きく、新興国から先進国へ新しい技術を逆輸入する『リバースイノベーション』の機会も創出できます」
さらに猪塚は「我々のモデルは、さまざまな国の課題を解決できる」と自信を見せる。
完全無料の全寮制をとることで、アジアの新興国における教育水準問題、インドの就職課題、米国の生活課題など各国特有の社会問題の解決に貢献できると考えている。
現在、こうした猪塚の考えに賛同した12社が奨学金スポンサーとなり、エンジェル投資家からの出資の申し出も増え、新たなビジネスモデルとして注目を集めている。
高校時代、物理が得意だったという猪塚は、試験では常に満点を獲得する生徒だった。アインシュタインの存在を知ったことをきっかけに、物理にのめりこみ、大学では物理学を専攻。学者を目指し、博士課程まで進んだ。しかし、当時の日本の財政破綻問題に危機感を覚え、「日本経済の崩壊を防ぎたい」と政治家を志した。
「このとき、自分の子どもが生まれてくる時期でした。これから誕生する我が子や孫、日本の子どもたちの将来を何とかしたいという想いがありました。私はそのために頑張ったよ、と胸を張って子どもや孫に言えるようになりたかったのです」
政治資金を稼ぐため、ITコンサルティング会社に就職し、その1年後に出馬した。しかし、あえなく落選。再挑戦するため、1998年、ITの知見を活かし、選挙活動にも有利な故郷・香川県に株式会社デジタルフォレストを設立。5年後にはアクセス解析技術のトップ企業に成長した。社長在任中に再出馬を果たしたが、株主からは反対の声が上がった。その後、社長業に専念し、中国、インドに子会社を設け、事業を拡大。経営が軌道に乗り始めたときに、リーマン・ショックが発生した。
このタイミングで猪塚はNTTコミュニケーションズから買収の話を持ちかけられた。当初は自身でプロダクトを開発していたこともあり、続けたい気持ちが強かったが、悩んだ末にその話を受け入れた。大企業の子会社の社長という立場になって、起業家は弱い存在だと感じたという。
「組織として交渉することの難しさ、親会社主導で行われる人事など、これまでと違いスムーズに仕事を進められない。大企業は起業家が生きていくには、難しい場所だと痛感しました」
事業売却の1年後に退社。肩を落としていた猪塚だったが、気持ちを切り替えようと海外を旅したのち、家族とともにシンガポールに移住した。ASEANの中心であり、今後の発展が見込まれること、子どもたちの英語教育に最適な環境だと考えたからだ。
起業家として再起を図るため、猪塚はASEAN周辺の調査を開始。それぞれの国にどんなニーズがあるのかを重視して調べた。インドや中国は外資参入の規制が厳しい。シンガポールは自由だが、トップクラスの起業家が世界中から集まるため、競争が激しい。そして、最終的にベストだと判断したのがカンボジアだった。
カンボジアは外資規制がなく、100%日系の会社が創れる。親日国であり、人懐こく、外国人を尊敬する国民性。食べ物も合い、仏教徒であることも日本人との親和性を感じた。
ASEAN各国について調べるうちに、海外では「日本市場における自分の強み」よりも、「日本人としての強み」のほうが重要だと感じるようになっていた猪塚は、カンボジアなら、IT技術だけではなく、日本人の強みを活かせると確信した。
現地で視察を重ねていたあるとき、パートナーの旅行代理店協会事務局長にキリロムへ案内された。田舎道にもかかわらず道路が舗装されていることに疑問を抱き、キリロムについて調べると、そこはかつて国王の別荘地であり、今は国立公園として眠っていること、さらに政府から借り受けできる土地であることを知った。
猪塚は、その豊かな自然と過ごしやすい気候から日本の軽井沢をイメージし、キリロムをリゾート都市として開発、発展させることを思い立った。
2014年、家族とプノンペンに居を移した猪塚は、リゾート開発を開始。大学院生時代に学んだ地球物理学の知識を活かして自ら測量に取り組み、簡易なコテージやキャンプ場、レストランなどを次々と建設、企業向けの研修用リゾートとして事業を開始した。
「リゾート開発を進める中、インフラ整備などを通じて、社員教育をしているうちに、大学構想が生まれたんです。これを体系化して大学を創れば、企業が求める人材を大量に育成できるのではないか。カンボジア人など新興国のリーダーを育て、十分な収入を得られる人材を輩出すれば、日系企業にとっても助けになるのではないかと考えました」
そして猪塚は、キリロムにITを核とした人材教育の場をつくると決意し、KITを設立。
当初はリゾート学園都市の構想を描いていたが、リゾートとして国内外に打ち出すよりも、キリロムの手つかずの自然を活かした学びの場として事業を確立させたいと考えるようになった。
そして、生まれたのが「ネイチャーシティ」というコンセプトだ。
「自然の中に偶然、人が住んでいる」というネイチャーシティの定義にもとづき、木を切らずに、木の位置を測量してからその間に建物をつくり、自然の生態系そのままの中で暮らす。豊かな創造性が重要なIT企業にとって、高い生産性が見込める最適な環境だ。
「KITを自然融合型の国際大学として発展させ、将来は学生とともにインターンも世界中から迎えて、インターンと大学で運営する学園都市を創造します。10年後には国内外問わず1万人の学生を受け入れる計画。『vキリロムネイチャーシティ』として、新しい教育の在り方を追求し、観光や都市開発にイノベーションを起こしていきます」
「ゼロから1を作るのがベンチャー」と仰るように、新興国・カンボジアで道や橋を造り、家具や炭までも手作りするところから始める猪塚さんは究極のアントレプレナー。専門の物理学はキリロムの開発に、政治家を目指した経験は学長の仕事に活きていると振り返りますが、一貫しているのは「日本を良くするため」「子どもの未来のため」という信念。KITの学生やカリキュラムについて語っておられるときの大きな笑顔が印象的でした。インタビュー・編集/青木典子、高橋奈巳
1967年、香川県出身。早稲田大学理工学部物理学科、東京工業大学大学院理工学研究科修了。アクセンチュアを経て1998年に株式会社デジタルフォレストを設立。会社を売却後、2010年に日本を離れ、4年間のシンガポール生活を経て、2014年よりプノンペンに移住。 同年、キリロム工科大学を中心とした約1万haの広さの「vキリロムネイチャーシティ」を設立。世界的な起業家組織EO(Entrepreneurs’Organization)の日本支部会長・カンボジア支部会長・アジア理事を務める。2018年4月1日より日本人起業家のグローバルネットワークである一般社団法人WAOJE 代表理事。東京ニュービジネス協議会から2016年国際アントレプレナー賞 最優秀賞 受賞。 VKIRIROM PTE. LTD.は「デロイト 2017年 アジア太平洋地域テクノロジー Fast 500」で28位を獲得(日本・アセアン地域内1位)。
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