
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
相続・贈与プラットフォーム
『レタプラ(LettePla)』
FPの視点を活かし、
相続者、被相続者、士業
それぞれにとって価値あるサービスを
株式会社FP-MYS
代表取締役社長CEO
工藤 崇/Takashi Kudo
相続の際に起きる家族間のトラブル――「争族(あらそうぞく)」が増加している。
一旦起きると、仲良くしていた兄弟姉妹や親族の間にも修復しがたい亀裂が入ってしまうことも。争族を防ぐには、相続人と被相続人が事前に「相続のときにどうするか」を話し合っておくことが大切だ。
しかし、親が年をとって相続が気になる頃には、兄弟姉妹は離れて暮らしていることが多く、集まって話す機会を持つのは難しい。盆や正月の帰省などで顔を合わせる機会に話し合おうにも、「1年の始まりのめでたい日に、親が死んだときの話をするなんて縁起でもない」と先延ばしにしてしまうことがほとんどだ。被相続人自身も、「まだ元気なのに、相続の話なんてしたくない」「自分が死ぬときのことを考えるのは気が滅入る」というのが正直な気持ちだろう。
「ファイナンシャルプランナー(FP)として仕事をする中で、被相続人と相続人が日常的に話し合う『場』があればいいのに、と考えていた」と話すのが、株式会社FP-MYS(エフピー・マイス)代表取締役社長CEOの工藤崇だ。
「一部の相続人だけで話をしていたり、被相続人の意思が全員に共有されていなかったりすると、心のどこかにしこりが残り、実際に相続する段階になったときに揉め事の原因になります。争族の原因は、資産の取り分の多寡ではなく、そうしたしこりであることが圧倒的に多いのです」
この問題を解決すべく工藤が生み出したのが、相続・贈与プラットフォーム 『レタプラ(LettePla)』。専門家と顧客とのあいだで相続の相談が日常的に行えるように、両者をチャットでつなぐサービスだ。
元気なうちに相続について考えてもらうことを目指すレタプラのターゲットは50代。いわゆる「団塊ジュニア」と呼ばれる世代だ。比較的ITに親和性がある世代だが、一般的に相続について考え始める70歳以降の人が利用する場合も視野に入れて、あえてアプリではなくWebサービスで展開している。利用者は検索サイトで「レタプラ」と入力してサイトに入り、サービスを利用するという流れだ。
サイト上で「財産を入力する」を選び、必須項目である現金、不動産、生命保険、および任意項目である証券、贈与、負債を入力すれば、現状の資産額から相続税の試算結果を自動的に算出してくれる。家族ごとの相続税の概算を知るには、家族構成のイラストから相続人にあたる人を選択するだけでいい。わかりにくい配偶者控除や不動産の評価方法なども自動で計算してくれるので、知識がない人でも安心だ。試算結果を相続人に知らせたいときは、SNSで簡単にシェアすることができる。
2018年9月から、税理士、公認会計士、弁護士、司法書士といった士業をはじめ、ファイナンシャルプランナー、生命保険会社、不動産会社といった専門家に向けたサービスをスタートした。専門家がレタプラを使うメリットは主に4つ。①相続案件の「見える化」②相続前から顧客とリレーションを築ける ③「相続人」と連携できる ④得意分野が異なる他の専門家と連携できる、だ。
例えば、セミナーを開いた後の個別相談など、その場で資産額を聞くのが難しい場合にレタプラのアカウントを渡し、入力・共有してもらう。そうすれば、相談者の情報をスムーズに把握して見込み客化につなげられる。相続にトラブルが発生する可能性がある案件については、相続人と早くから情報を共有し、一緒に対策を練ることも可能だ。
「例えば、投資用マンションなどを購入する人が増えていますが、買ったという事実は子どもたちに伝えても、それが子どもたちに資産として受け継がれたときのリスクについては知らせていない人がほとんどです。莫大な借金になる前に対策を取るのが専門家の役割であり、レタプラはそれをサポートできるサービスだと考えています」
さらに、チャット機能を使って他の専門家と連携を取り、専門家同士でデータを共有しながら話し合うこともできる。チャットに誰を招くかは契約者が管理できるので、相続人と専門家が直接話し合えるオープンのチャットと、専門家のみで話し合うクローズのチャットを作り、場合によって使い分けてもいい。
「専門家間のクローズのチャットで得たアドバイスを相続人に伝え、要望があればオープンのチャットで自分以外の専門家と相続人をつなげるといった使い方もできます。被相続人が相談中のチャットに相続人が入り、現状を知っておけば、無用のトラブルを防ぐことにもつながるでしょう。相続はセンシティブなテーマだけに他者との情報共有が難しい面がありますが、レタプラはそうした問題も解決することができると思っています」
2018年6月に京都支社を設立した。今後、工藤の出身地でもある北海道の支社設立を視野に入れる。専門家は各人の活動拠点があるエリアで相続人・被相続人からの相談を受け、セミナー開催のお知らせや、案件のやり取りをするプラットフォームとして活用してもらう。ほか、北海道は農業・漁業など個人事業主の多い土地。残された子孫が処置に悩むであろう農地や酪農・漁業関係の資産などについて「自分が亡き後はどうしてほしいか」を事前に話し合い、トラブルの芽を摘むサービスを展開していく。
工藤は北海道で生まれ育った。新聞記者や編集者に憧れたが、文章にクセがあり、「商業ライターとしては使いづらい」という指摘を受けてマスコミへの就職活動は敗戦続き。そんなとき、アルバイトをしていた資格予備校から東京本社での正社員登用の打診を受け、「東京でチャンスを探ろう」と決意して上京した。
資格試験予備校ではカスタマーサービスを担当。忙しく働いていたとき、転機が訪れる。突然の腹痛で病院に運ばれ、腸閉塞の診断を受けて入院した。当時一緒に暮らしていた現在の妻が入退院の手続きを済ませてくれたが、医療費控除や高額療養費などさまざまな制度があることを初めて知った。
「結婚間近だったので、もっと世の中のことを知らなければならない、と強く思いました。その足がかりとしてファイナンシャルプランナー(FP)の資格を取得したんです」
予備校勤務を続けながら家計や資産の相談イベントなどでボランティアをしていたが、資格を活かせる仕事に就こうと考え、転職活動を開始。生命保険や証券業界などすでに多くのFPが活躍している業界を避け、不動産業界に飛び込んだ。
富裕層を対象に土地活用を提案する活動を行い、営業成績は良好だった。しかし、FPとして資産の相談に乗るにもアパートやマンションを建てることが前提。不動産業界の風土にもなじめない。次の道を考えたとき「独立FP」という選択肢が浮かんだ。
もともと家事は嫌いではない。妻の理解も得て、工藤は「主夫兼独立FP」として新たなスタートを切った。
ここで活きたのが文章力だ。クラウドソーシングで記事を書き始めたところ、評判を呼び、続々と仕事が舞い込むようになった。知識がない人でもわかりやすい文章、それに加え、就職活動時には否定された「クセのある文章」――主観の入れ方や物事の捉え方が独特な文章が支持を得たのだ。
「執筆FPと言えば工藤さん」と言われるまでになった頃、フィンテック企業として最前線を走る企業のサポートをする機会があった。その経営者の姿を目の当たりにし、心境に変化が生じる。
「それまでは『評論家』的な立場でした。執筆FPとして、複数の会社のサービスを比較して論じていたけれど、それに物足りなさを感じている自分に気付いた。自分自身の手で何かを創りたい。それによって人々の生活を変えることに貢献したいと思ったんです」
そんなとき、兜町でフィンテック関連のハッカソン(新商品やサービス考案の共同作業を行い、そのアイデアや技術を競うイベント)の開催が決まり、「現役の独立FP」として工藤が招かれた。新サービスの案を出すにあたり、目を付けたのが「相続」だ。不動産会社時代には、資産運用専門家を自称する人や曖昧な情報に惑わされて判断を誤り、後悔する人を多く見てきた。そんな人たちの助けになりたい、という想いもあった。
最初は公的遺言のオンライン共有化を考えたがピンと来ず、その次のハッカソンで現在のレタプラの原型となるアイデアを出すと、コンテストで約130社の応募中6社に残った。これを機に工藤の取り組みが広く知られることになり、協力者・出資者を得てレタプラの実現に至る。投資会社・投資家からの2018年9月現在の総調達金額は2000万円を超えた。
FPとして個別相談を行ってこなかったのが奏功した、と工藤は分析する。個別相談の経験が豊富だと、特定の家族のケースに引っ張られがちだが、世の中の多くの家族に汎用的に活用できるサービスを作ることができた。FPの視点を活かし、客観性を重視して作り込んでいるため、他社がまねをするのもほぼ不可能と自負する。
「今後はエリア展開を推進するほか、『災害復興版レタプラ』に取り組みます。これは天災などで『もしも』のことがあったときのために音声を残しておくもの。公的遺言やエンディングノートは作成に時間も知識も必要ですが、音声で最低限のメッセージを伝えることで、まさにレタプラの理念である『相続の第一歩』を進められます。いずれのサービスも多くの専門家に使っていただき、社会的意義のあるサービスに育てていきたいと思います」
悩みを抱える人に対する専門家のスタンスとして「『こうしなさい』と指示するのは失格。『こうしたほうがいい』でもダメ。『こんな選択肢があり、それぞれのリスクとリターンはこれ。あなたどうしますか?』と問いかけ、相手の選択に対し一緒に責任を持つのが理想」と語る工藤社長。あくまで「客観性」を失わず、当事者の価値観や判断を尊重する。そんな姿勢が執筆FPとして支持を得、レタプラの実現にもつながっていると感じました。
1982年、北海道生まれ。北海学園大学法学部卒業後、上京し、資格試験予備校に勤務。入院・手術をした際、「高額療養費制度」「医療費控除」の知識がなかったことから、「もっと世の中のことを知らなければならない」と一念発起してファイナンシャルプランナーの資格を取得した。その後、不動産会社を経て、FP事務所MYS(マイス)を設立し、代表に就任。雑誌寄稿、Webコラムを中心とした執筆活動、個人コンサルを幅広く手がけ、業務の幅を広げていった。現在は株式会社FP-MYSとして、相続問題を解決に導くサービスの開発に注力する。
インタビュー・編集/青木典子、藤巻史
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
一人ではできないことを、チームで実現させるスイミー経営
入社1年目にして大阪本社の新規プロジェクトに抜擢。2年目には東京拠点の立ち上げを担う
写真家と事業家、二つの顔で自然や動物に寄り添う
タグ