
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
デザイニストたちが追求する社会における最適解
「人も地球も美しく」を実現するためのデザインシンキング
株式会社ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン(P.G.C.D.JAPAN,Inc)
代表取締役 CEO
野田 泰平 / Taihei Noda
株式会社中西元男事務所《PAOS》
代表
中西 元男 / Motoo Nakanishi
P.G.C.D.JAPANが誕生した2010年、代表の野田泰平は日本型CI(コーポレート・アイデンティティ)の第一人者である中西元男氏に師事した。以降、中西氏より学んだ経営戦略デザインは、P.G.C.D.JAPANの根幹を支え、企業としての活動に大きな影響を与えている。約10年ぶりに再会を果たした中西氏と野田が「企業におけるデザインシンキング」と「デザイニストとしてどうあるべきか」をテーマに語り合う。
野田泰平(以下、野田):私と中西先生の出会いは、10年前にさかのぼります。先生がスタートされたビジネススクール「STRAMD(ストラムド)」を受講したことがきっかけでした。
中西元男(以下、中西):なかなかいい出会いでしたね。野田さんはいつも一番前の席に座っていて、講義が終わると、すぐに手を挙げて質問してきたのを覚えています。
野田:当時の私は、経営者として大きな挫折を経験し、責任の重さを受け止め、たくさんの人に迷惑をかけたと反省する日々でした。失敗した悔しさもあり、「どうしたらもっと多くの人を幸せにできる経営者になれるだろうか」と、強い想いが湧き上がっていました。でも、何から始めたらいいのかが分からず、最初の一歩が踏み出せないでいた。そこで、藁にもすがる思いでSTRAMDの門を叩きました。デザインを狭い意味ではなく広義でとらえ、経営とデザインを結び付けて、ある意味イノベーションを起こしていくという考えの学び舎であるSTRAMDが、私の人生を変えてくれました。
中西:STRAMDは、「企業経営にデザイン思考を」というテーマでスタートさせました。企業におけるデザイン、コミュニケーション、経営、人材育成など、各分野のイノベーションを総合的にとらえていこうという趣意のもとに立ち上げた教育プログラムです。この10年の間に東京だけで約200人の修了生が巣立ち、大阪でも開講していました。現在、修了生たちがSTRAMDで学んだことを活かして「人づくり」ができたり、何か成果を挙げられたりしているなら、このプログラムを開催してよかったと思っています。
野田:今でも先生の著書『PAOSデザイン』(講談社刊)を大事に持っています。あらためて読み返すと、すごく勉強になります。デザインというテーマも、2010年頃からi.school(東京大学)やd.school(スタンフォード大学)の取り組みが注目を集めるようになり、デザイン思考について学ぶ人も増えました。でもこの10年間は、「デザイン思考を経営にどう活かしていけばいいのか」を皆が模索している時期だったと思います。STRAMDを開講されたときから10年経ちましたが、日本人が取り組んでいるデザインというテーマにおいては、この10年間、先生の目にはどのように映っていましたか?
中西:早い・遅いはあるかもしれませんが、基本的には予想通りです。約10年前までは「成長の時代」で、今は「成熟の時代」に入った。成熟した社会になってきて、何が重要になり、どこにデザインの所以があるのか、を考えたとき、21世紀はやはり人間の時代なんです。「人間が大切だよ」ということを見直す気運が高まったと感じています。
人間力には「体力」「知力」「感力」の3つがあります。社会が成熟するにつれ、重要な要素は「感力」だと認識されるようになりましたが、感力は体力や知力と違い、数値化できない。私自身は仕事をする中で、実際にブランドやロゴを開発したり、デザインをどう事業に活かすかを考えたりしていますが、結局は「売り上げやいい人材がどれだけ集まったか」という数字的成果が結果になるんです。私自身も試行錯誤しながら、直感みたいなもので判断し進めていますが、これがまさに「感力」なんです。そういう意味では、デザインをどう活かすかを考えたり、それらを活かす術を創出したりする時代になりつつあるように思います。
野田:社会の成熟化が進む中で、私はJBIGを設立するときに「人も地球も美しく」という社会的責任目標を掲げました。その背景には、STRAMDで学んだ「デザインを広義にとらえ、考えること」が活きています。自分たちだけではなく、社会、自然、人間のすべてが幸せになるには、どのようなデザインの切り口で考えればいいのか。どんなふうに経営や事業をデザインすれば実現できるのかを考え続けています。
先日、環境問題に関するプレゼンテーションのため、小泉進次郎環境大臣を訪ねました。そこで私が、創造のベースである自分のふるさと九州の水俣病の話を出すと、大臣は「水俣病の発生を受け、環境省ができた。以来、日本の環境問題に対する意識が変わった」とおっしゃいました。でも、水俣病が発生してから70年経った今では、マイクロプラスチック問題が深刻になっています。海に放出されたマイクロプラスチックを魚が食べ、人間がその魚を食べることで、人体にもプラスチックが蓄積されていくという問題。ほかにも、サンゴが死滅するなどの環境破壊を招いています。この話は、水俣病の水銀と同じだと思うんです。
一般的な化粧品にもマイクロプラスチックはたくさん含まれていて、技術が進歩しているにもかかわらず、なぜ多くのメーカーは地球環境と人体に配慮した製品づくりができないのだろうと思います。成熟社会とされているのに、企業の環境に対する考え方が進歩していないことに憤りすら感じます。こうした問題に、私たちはどのように向き合っていけばいいでしょうか?
中西:どういうスケールで物事を考えるのかによると思います。例えば、病気で一番大変なのは、緊急性のある「救急医療」。それに対して、普通に通院するのは「対症療法」。でも、今、野田さんが話されたことは、「予防医学」や「根源療法」にあたるんですね。とはいえ、一般的にはなかなか根源療法までたどり着かず、目の前にある対症療法を選ぶしかないという現実がある。だから、マイクロプラスチックの問題なども、ベストな解決策を出すのは簡単ではないと思います。気が付いたときには手遅れ、という場合もあるからね。
野田:本当にそうです。環境問題の例をほかに挙げると、今、沖縄の海岸にあるサンゴが真っ白になっています。私が子どもの頃、サンゴは7色だったので砂も海も輝いていましたが、現在はほとんど死滅し、白くなっている。でも、今の海の美しさを100として、白いサンゴを前年比98%で守り抜いたとしても、7色には絶対に戻らないんです。
中西:白化現象ですね。知らない人は、「白い砂、きれいね」って言いますね。
野田:以前、先生から「今を積み上げていくだけではなくて、目指している未来から今に引き戻して、デザインを考えていくんだよ」と教わりました。でも、環境問題においては、現状を100%として、なんとか98%の目減りで抑えようとしているようにしか見えないんです。
中西:日本人は、環境問題については、フィードバックを受けた上で改善を促すという思考で対応してきましたからね。昔から日本人は勉強熱心で、情報に敏感だったから、こうしたDNAを今こそ活かして、日本が中心になり新しい考え方や成果を生み出すべきだと思います。ただ、地球基準ではなく、日本基準だけで考えていくとなると難しさはありますよね。
野田:アートの世界においても、日本は大きな力を持っていましたよね。日本の浮世絵も含めた、さまざまなアートや素晴らしいデザインは、ヨーロッパの印象派の人たちにジャポニズムとして影響を与えました。2010年頃より、経済産業省による「クールジャパン戦略」が始まりましたが、当時先生は「今さらクールなんて言っている場合じゃない」とおっしゃっていました。結局クールジャパン戦略は、アニメや観光分野といった一部の産業における成果しか得られず、まさに先生の不安が的中したと感じています。今後、日本のデザインが社会、世界にいい影響を与えていくには、どうすればいいでしょうか?
中西:「デザインという主義主張で訴えること」。つまり、デザインでどこまでソーシャルバリュー、役割が創れるかにかかっていると思います。デザインにおいては、先ほどお話しした「感力」がまさに重要になってきます。日本人は昔から高い感性や知識欲を持っています。幕末に来航したペリー提督は、後に海軍兵学校の校長になり、彼の日記に、それを象徴する話が残されています。例えば、珍しい鳥がいると、欧米人はすぐに銃を持って飛び出して行くが、日本人は画帳を持って飛んで行く、と。世界的に見てもこの美意識は珍しいことですね。
野田:日本人には自然を愛でることや、美しいものを大切にしようという精神が身に付いている。
中西:四季の移り変わりを含めて、さまざまな条件が重なった結果ともいえますが、日本人の自然を愛でる心や向学心に富んでいる点を、成熟化する社会において、もっと活かしていくべきだと思いますね。
野田:こうした「感力」を磨き続けるにはどうすればいいでしょうか?
中西:感力を磨くのは、なかなか難しい。最終的には判断力の問題みたいなものですから。良いものを見て、自分や人はなぜそれを素晴らしいと思うのか、魅力的だと感じるのか、を考えることは非常に重要です。日常的な訓練みたいなものが大切なのではないでしょうか。
先日、企業のロゴを制作していたとき、ある人に「選ばれるのはたった1つなのに、何百ものスケッチを描くのはどうしてですか?」と聞かれました。確かに、実際に選ばれるのは1つかもしれませんが、何百と創案していると、だんだん本質が見えてくるんですね。この点については、先ほどお話しした予防医学的な側面で、非常に重要なことをやっているのではないかと思っています。そして、もう一つ、ロゴが決まったときに「あれだけの数の中から選ばれているのだから、これがベストなんだ」と納得してもらえることも大きい。
野田:以前、先生がおっしゃった「経営者は、好きか嫌いかではなく、良いか悪いかで選ぶべきだ」という言葉が心に残っています。今も、事業を進める上で見直しを図るときの指針となっています。
中西:本当は、「好き」と「良い」がつながって選ぶのが一番いいのですが(笑)。しかし、会社や商品にとって本当にいいものは何かと考えたときに、必ずしも自分が好きなものが正解とは限らない。いや、正解ではなく、「最適解」と言ったほうがいいかな。この最適解選びのために感力を磨いていくことがとても大切になってくると思います。
野田:今も先生は、さまざまなデザインを手掛けていらっしゃいます。過去と現在で、重要だと思うことは変わりましたか?
中西:やはり、その時点での「最適解」は何か、ということだと思います。ただ、時代背景やそれぞれの企業・事業で求められているものなどによって、最適解は異なってきます。「正解が最適解とは限らない」ということもありますしね。
野田:先生は、企業活動からライフスタイルまで、デザインの思想を持って考えていく人を「デザイニスト」とおっしゃっています。成熟化が進む社会の中で、私も含め、これからのデザイニストたちは、何を大切にしていけばいいのでしょうか?
中西:日常生活の中で、「いかに喜びや楽しみを見出し創出していくか」といったことでしょうか。個人差はありますが、こうしたことを考える余裕が持てるようになったのは、まさに成熟した社会の象徴なのでしょう。それだけ豊かになっているのだと思います。
野田:STRAMDの学びの中で、世界規模で環境問題に取り組もうとしても、時代背景や各国の成長速度や成熟度が異なるから、難しい側面があると教えていただきました。確かにそうともいえますが、日本は成熟化した国だからこそ、今、私たちがデザイニストとして、このようなテーマに向き合わなければならないのでは、と考えています。
中西:まさに正解のない世界ですよね。でも、そうしたことを考えられるようになったのは素晴らしいと思います。正解とは、例えば2+3=5などの絶対値的なものですが、実社会では5ではなく、4~6の間は全部最適解になる。どれが一番いいかというのは、誰も分からない。だからこそ、ずっと考え続けるしかない。「人は歳をとっても、創造力の細胞は死ぬまで増え続ける」という学説もありますから。
野田:それが、先ほどの「感力」の話につながるのですね。これからも感力を磨き、考え続ける経営者でありたいと思います。先生のお話を糧に、次の20周年に向けて突き進んでいきます。
【野田 泰平】
株式会社JBI GROUP(JBIG)代表取締役 Founder CEO、株式会社ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン(P.G.C.D.JAPAN,Inc)代表取締役 CEO。1979 年福岡県⽣まれ。
<学歴>
Kuwasawa Design School 卒業
Globis 経営⼤学院 卒業
<学位>
建築学⼠ BARCH (Bachelor of Architecture)
経営学修⼠ MBA (Master of Business Administration)
【中西元男】
デザインコンサルタント
株式会社中西元男事務所《PAOS》 代表
神戸生まれ。桑沢デザイン研究所を経て、早稲田大学第一文学部美術専修卒業。同大学院芸術学専攻中退。
執筆:高橋奈巳/編集:佐々木久枝
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