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ストーリー代表・CEO

時代を創ったFCビジネスの第一人者は日本の未来のために挑戦を続ける

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FCビジネスの輝かしい実績と崩壊、そして……。
自らの使命にかけて挑戦を続け、今に至るまでの軌跡

小林 忠嗣 / Tadashi Kobayashi
NBCインターナショナル株式会社
会長

命を燃やせる仕事で、世の中に貢献

1990年代から2000年初頭にかけて、FC(フランチャイズ)ビジネスで一つの時代を創った男がいる。小林忠嗣。サンマルクやガリバー、牛角など、名だたる企業を上場に導いた、株式会社ベンチャー・リンクの創業者だ。彼は日本の産業界に大きな功績と爪あとを残した。

「自分たちが手がけたビジネスモデルが失敗するはずはないと思っていました。15社を超えるFCビジネスを上場企業に成長させ、自社も東証1部上場を果たして、怖いもの知らずでした。しかし、今思うと慢心やおごりがあったのも否めません。うぬぼれている人や組織はちゃんと失敗します」

そう過去を振り返る小林は、70歳を越えてもビジネスの一線から退くどころか、今なお鮮明な使命感を持って仕事にまい進する。日々、京都の自宅からオンライン会議やコンサルティングを行い、書籍を自らの手で執筆。代表を務める株式会社TOEZでは「将来の日本を担う人材を0歳から育成する」という想いで事業展開している。

「ベンチャー・リンクが凋落した10年は、私にとっては大きな代償を払った勉強の時代でした。その経験を基に、今は日本を救うために残された命を使うと決めて、朝から晩まで働いています」

「時代が産んだカリスマ」である小林の生き方については噂が先行することも多い。当時何が起きていたのか、そしてこれから世の中にどう貢献したいのか。小林本人の口から、包み隠さぬ率直な話を聞いた。

日本に優秀な経営者を増やすために独立

京都で生まれ育った小林は、1965年4月、京都大学工学部に進学。新卒で地元京都の株式会社島津製作所に入社したが、わずか半年後には退職した。その選択の理由は父親だった。

「父から、事業を手伝うよう言われたのです。父は教師でしたが、国家資格である技術士の機械部門を受験して資格を取得、小林生産技術研究所を設立しました。『みんなが自ら頑張って理想の未来をつくれる“ユートピアな会社”をつくる』と、高卒の生徒たちを集めて自動機械を作る事業を開始したのです。京都の清水焼、京友禅、八ッ橋などの企業に製造工程を自動化するシステムを提供し、瞬く間に事業を拡大していきましたが、成長が速すぎて対応できる人が足りない。私は学生時代から父を手伝って全国を飛び回り、技術のコンサルティングをしていたので、すぐに戻ってこい、と」

父親の事業を手伝い始めた直後、世界経済全体を巻き込むオイルショックが起こる。結果、自動機械はまったく売れなくなったが、急速に業態を転換し、5年ほどで関西最大手の総合コンサルティング会社へと成長していく。

「ものが売れない時代だったので、お客様のためにマーケティングや人事労務を勉強したり、商品開発をして提案したりしたら、多くの企業で成果を出すことができました。全国から講演依頼が届くようになり、100人、500人と参加者が集まって、とても良い営業活動になりました」

このタイミングで小林が代表となり、社名も株式会社日本エル・シー・エーに変更。「日本に優秀な経営者を増やすことが国の豊かさにつながる」という想いから、入社して10年間コンサルタントを経験した社員は、お客様をそのまま連れていつでも独立できるという制度を構築する。画期的な取り組みが話題を呼び、優秀な人材が続々と集まってきた。

「ところが社員は全然辞めない。ここなら月額顧問料200~300万円という大きなコンサルティングの仕事ができる。自らリスクをとって独立する人が全く出てこなかったのです。これではいけないと感じました」

挑戦する背中を自ら見せるべく、社長の座を弟に譲って創ったのが、後にFC業界の台風の目となる株式会社ベンチャー・リンクである。

輝かしい成果、東証一部上場、そして崩壊

創業した1986年当時は、日本経済の成長を阻む要因がたくさんあった。その一つが、地方銀行は県外に支店を出せないという規制があり、地方経済が地盤沈下する中でも、地元の企業を育成するしか生きていく道がなかったこと。そこに着目した小林は、地域を越えて人と人、会社と会社との出会いを仲介する仕組みに価値を見いだし、160以上の地方銀行・信用金庫・信用組合とタイアップして「ビジネスクラブ」を結成。その後、10万社以上の中小企業を集めたコンピューターネットワークを構築し、月5,000円の会費を微収してビジネス情報をタイムリーに発信するビジネスモデルを確立、創業9年目の1995年に株式上場を果たした。

「しかし、その頃から私は悩んでいました。このモデルでは上場はできても、その先がない。インターネットが出てきたからです。当時のオールドビジネスは、人と人との出会いを仲介することに大きな価値があった。しかし、インターネットがあれば直接検索し結びつくことができる。これでは私たちの価値は消滅してしまう」

今後の戦略を思い悩んでいた時、コンサルティングをしていた会社のために、FCビジネスを説明した動画を撮る機会があった。「10万社を超える会員ネットワークを活かせるビジネスはFCだ」。そう気付いた小林は一気にFCビジネスへとかじを切る。

「すでに私たちには信頼できる会社のネットワークがあった。何かいいビジネスの種を見つけて誰かに教えてあげれば、瞬く間に成長できる」

90年代後半からFC支援業務を拡大させたベンチャー・リンク。それまであったFC支援会社と違い、加盟店の側に立った支援を展開し、自らFC本部として成功させた。当初1店舗しかなかったサンマルクをわずか5年で上場させたり、既存の50店舗がすべて赤字だったガリバーに、社員を20人出向させて3年で上場させたりするなど、輝かしい実績を上げ、自社も2001年3月、東京証券取引所一部上場を果たす。

「近い将来、絶対に年商数千億円の会社になる」「こんな会社が失敗するはずはない」と思っていた矢先、小林は病気を患い、ビジネスの第一線から退くことになる。

「引き際だと思いました。経営コンサルをするうちに、みんなが経営者になれる会社を創ろうと思い立ち、まずは自分がなったら一部上場までいけた。雑誌『Forbes』では、平成の日本長者番付で500億を超える資産があると勝手に紹介されたこともあった。もう仕事は十分。もともと小説家になりたかったので、ゆっくり好きなことをやろう、と考えたのです」

しかし、それが大きな間違いの始まりだったと小林は当時を振り返る。ハワイに敷地約1,400坪の別荘を買い、成績優秀な社員50〜60人を毎年ポケットマネーで呼んでパーティーを開くなど、自由気ままに過ごした。だがその間に会社の経営は着実に悪化していった。

「自分たちがやれば必ず成功するとうぬぼれていましたから、必ずしも確かなビジネスとは言えないFC本部の加盟店まで増やしてしまった。本来は加盟店の収益責任は加盟店にあり、その改善支援は本部がやるべきことなんですが、ベンチャー・リンクの名前を信じて契約された加盟店がほとんどでしたから、当社が責任を取るしかなかった。リスク管理が甘かった」

会社は赤字に転落し、経営を立て直すために、小林は1年半もたたずに現場に復帰する。しかし、一度狂った歯車は簡単には元に戻らなかった。余剰人員の整理、未開店の加盟料の補償や訴訟トラブルなど、さまざまな問題を抱えて業績は急速に悪化。ベンチャー・リンクの業績の急降下は、そのまま「FCバブルの崩壊」と評された。

「当時の社長だった松本信彦から『会長職を退いてほしい』と言われたのは、2008年の12月31日でした。『本格的にやり直そうと思ったら大変なリストラをする必要がある。だが銀行の傘下に入れば1人も首を切らなくて済む』という彼の説明に、社員をリストラせずに済むのなら、と二つ返事で提案をのみました」

2009年3月、会長職を退任し、松本社長以下に経営を託す。しかし、救世主のはずの日本振興銀行が2010年に経営破綻すると、ベンチャー・リンクの業績はさらに悪化。持株会社化の後、事業再編を進めたが、2012年3月12日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。

日本を救うための学校を創りたい

「経営破綻で何十億円という負債を抱え、ハワイの別荘も売り払いました。お金を稼ぐ必要がありましたが、そのためだけでは燃えられない。志がなければ事業なんてできない。そんなタイミングで、私は30人ほどの小さな幼児教室を運営している一人の女性に出会いました。彼女は事業を継続するための支援者を求めていました」

「どんな子どもでも3歳までの育児次第では天才に育てられる。」彼女は私にそう言いました。「そんなわけがない」と最初は信じることができませんでした。「しかし、彼女は自分の幼児教室で実際にそれを実践していました。驚くような優秀な子どもたちが育っていたのです。興味を持った私はこの分野を集中的に学習しました。そして日本以外の国々では、3歳までの教育が、人間の能力を左右するということが常識として認められていることを知ったのです。私が35年間培ってきた経営の知識や経験は、この事業を行うためだったと思えるほどに心が動きました」

2011年2月、小林は0歳から3歳までの乳幼児教育を行う株式会社TOEZを設立し、代表取締役会長に就任する。

「失われた20年」を経て、かつてOECD内で1位だった日本の1人当たりGDPは米、英、仏、独、伊すべてに抜かれ、日本経済は停滞を続けていた。さらに、中国経済の急伸による地政学的リスクを打開するためにも、日本の教育制度を改革し圧倒的に優秀な国民を育成することが必要だと決意する。

それから約10年後の2020年。TOEZは0歳から15歳までの子どもたちを対象にした600以上の教室を全国に展開し、年間2万人を育てる事業にまで発展を遂げている。

「日本が世界でリーダーシップを取れるようになれば、本当の意味での世界平和を実現できる可能性がある。他の国々ではそれは不可能だ。それを実現するには、真の日本人の精神を持った子どもたちを将来、ハーバード、スタンフォード、ケンブリッジ、オックスフォードなど、世界の最先端の大学で学ばせる必要があります。0歳から教育してきた中のトップ100人に、留学資金として毎年20億円を提供する構想を描いています」

また、優秀な人材を大量に輩出するために、中高全寮制のボーディングスクールを日本に設立したいと小林は言う。美しい自然に抱かれた広大なキャンパスに、生徒だけではなく教師も一緒に住み、日本の正しい歴史と精神を学び、学力を身に付けた抜群の人材が、世界の大学で学んで来れば、日本の教育を変えることも不可能ではない。

「今、私は日本を救うための事業を行っているという意識があります。今後は生徒数10万人を目指し、85歳くらいまでには学校を創りたいーーこれが人生のゴール。生きている間にやり遂げたい…」

そう語る小林からは、時代の荒波を乗り越えてきたからこその力強さ、自らの使命にかける熱意を感じることができた。

公開日:2022年10月28日

小林忠嗣氏の著作(画像クリックでページに飛びます)


『フランチャイズビジネスの本質~個人資産100億円の夢を実現する~』

リスナーの目線

「人生におけるターニングポイントと言えるようなものは何かありましたか」。と質問すると、小林さんは穏やかな口調で自身の波瀾万丈な人生を語ってくれました。昭和、平成、令和という時代を全力で駆け抜け、今もなお、子どもたちの未来のために新たな挑戦を行っている小林さんの生きた軌跡は、まるで1本の映画を観ているような感覚を覚えるほど。これまでメディアにほとんど紹介されてこなかった、小林さんの生き方や考え方までが凝縮されたストーリーを、ぜひ多くの方に届けたいと思えた取材になりました。

Profile

京都大学工学部機械科卒業後、株式会社島津製作所を経て、日本生産技術研究所に入所。1993年より取締役会長。1986年株式会社ベンチャー・リンクを設立し東証一部上場企業にまで成長させる。その後病気のため引退。この間コンサルタントとしてサンマルク、ガリバーインターナショナルなど15社を超える零細企業を上場企業に成長させる。

2011年、将来の日本を担う人材を0歳から育成するという構想の下、株式会社TOEZを設立し、「ベビーパーク」を運営。現在、全国に600教室、総生徒数は約21,000人にまで成長。「ベビーパーク」は、母親に子育ての方法を教えることで、子どもの無限の可能性を引き出すことを目的とした親子教室。

Contact
東京都中央区日本橋小伝馬町2-5 メトロシティ小伝馬町 7F
info@nbc-i.jp

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インタビュー・執筆:松田然/編集:勝木友紀子

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