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ストーリー代表・CEO

社会貢献度が高い システム開発に取り組む。 変化することをいとわず 100年続く企業へ

代表_ビクタス

30年の歴史を持つ「長寿」IT企業

「お節介」社長が取り組む人づくり・風土づくり

ビクタス株式会社
代表取締役
渡辺 誠司 / Seiji Watanabe

IT業界の「老舗」として、多様なサービスを展開

人が平均的に何歳まで生きられるかを平均寿命というが、企業にも同様に平均寿命というものがある。東京商工リサーチの調査によると2014年に倒産した企業の平均寿命は23.5年だという。

また、中小企業庁の白書によると、1980年~2009年に創設された企業の約3割が10年後に撤退しており、約30年後には6割以上の企業が淘汰されている(中小企業白書2011)。そうした企業を取り巻く厳しい現実がある中、特に変化が激しいIT業界にあって30年近く続いている企業がある。

平成元年に創業したビクタス株式会社。ソフトウェアに関するサービスを主な業務とし、大型汎用機からクライアント/サーバ、Webサービスまで、多様なソリューションを構築、提供してきた。コンサルティングから設計、製造、保守まで一貫したサービスを展開。強みの一つとして、企業の業務効率を図る基幹システム分野で圧倒的シェアを持つ「SAP」のコンサルテーションができる部隊を有する。また、経験値と専門性が共に高いエンジニアを企業に派遣する「アウトソーシング」事業も大きな柱となっている。

代表取締役の渡辺誠司は、経営者になる以前はエンジニアとして約20年の実績を積み、金融業界や流通業界の業務システム開発を得意としてきた。渡辺が培ったノウハウを活かし、ビクタスでは金融や流通業界を中心に多数のクライアントを持つ。信販会社の債権管理システム、スーパーの人事管理システム、コンビニエンスストアの商品分析システム、旅行会社の宿泊システムなどが代表的な開発事例だ。

また、ここ数年力を入れ始めたのがWeb事業。スマートフォン対応、SNS連動など時代の流れに合ったWebサイト制作から運用・解析まで請け負うほか、自社製品の開発チームの育成にも注力している。

ビクタス株式会社 代表取締役 渡辺 誠司

「性善説」を信じ、人との信頼関係を築いてきた

栃木で生まれ育った渡辺。子ども時代は学級委員や生徒会長などを務める、いわゆる「優等生」だった。「周りの期待に応えたい」という意識はこの頃に根付いたようだ。

中学~高校時代は星を見ることが好きで、天文学に熱中した。「天体物理を学んで科学者になりたい」という夢を抱き、大学は理学部物理学科に進むことを決意。ほとんどの友人が地元で進学・就職する中で、渡辺は「東京で勝負したい」と上京した。

ところが、大学に入学してみると、学びたいと思っていた内容の勉強ができない。進路に迷った渡辺は、子どもの頃からのもう一つの夢であった「医者」を目指そうと考えた。医学部受験のため、休学して猛勉強。しかし、先々の金銭面などの問題もあり、その道も断念することになる。

紆余曲折を経て物理学科に戻った渡辺が、新たな道として注目したのがコンピュータ業界だった。就職先として、ハードウェアや半導体、自動車メーカーなどの選択肢もあったが、友人の「これからはソフトウェアの時代」という一言に将来性を感じ、ソフトウェア会社に入社した。

ソフトウェア会社時代は、大手電機メーカーに出向して大型コンピュータの汎用機システムの開発に携わった。クライアントは、人々の生活に身近な「流通業」がメインだったため、自分が関わったソフトウェアを企業やエンドユーザーが実際に活用している様子を見ることができるのが、大きなやりがいだったという。

「カットオーバーを迎えてシステムが動き出したときの達成感は格別です。この仕事の何が楽しいかと言えば、自分の開発したシステムが社会で使われ、人々の役に立つこと。お客様から『ありがとう』という言葉をもらえば、どんな疲れも吹っ飛びますよ」

10年の間にプロジェクトリーダー、プロジェクトマネジャーを歴任。スポーツメーカーや大手自動車会社の流通システム、クレジットカード会社のシステム開発など、現在のビクタスの得意分野に通じるさまざまなプロジェクトを率いた。

「その頃、エンジニアとしてどう生き残っていくかを考えるようになりました。そのまま企業に残る道もありましたが、大きな組織の歯車の一つのままでは面白くないな、と。自分で会社をやってみたいとおぼろげに考えるようになったのです」

プライベートでは苦い経験もあった。離婚を機に、2人の子どもを連れて一時栃木に戻り、宇都宮市のソフト会社に転職した。親や姉妹に育児を助けてもらいながら会社勤務を続け、前職の顧客とのつながりを活かして高い受注実績を挙げた。

それでも、不完全燃焼な想いは解消されない。「独立」を考え始めると、3人の部下たちが「渡辺さんが起業するならついていきます」と言ってくれた。その言葉に背中を押された渡辺は、東京に戻り、文京区に7坪の事務所を借りて会社を立ち上げた。

起業してから、数々の失敗もあったという。パートナーシップを組んだ相手企業に「いいとこ取り」をされてしまったこと、業務提携をしていたエンジニアに不正を働かれたこともある。そうした経験を経ながらも、渡辺は「性善説」で人を見る。

「人は裏切るものだという疑念を抱えて生きるなんて、そんな寂しいことはないですよね。私の父も同じ考えで、『裏切るよりも裏切られる人間になれ』と教えられてきました。私の父も裏切られっぱなしの人生で、貸したお金が返ってこないなんてことも数限りなくありました。それでも、私はその父の血を受け継いでいることを誇りに思っているんです」

人を信じる。そして、人からの信頼を決して裏切らない。そんな理念や真摯な取り組み姿勢が評価され、多種多様な企業とのパートナーシップを築いてきた。営業職を置かずとも、「人とのつながり」によって案件が絶え間なく舞い込んできた。

「人とのチャネルを創ることが営業そのものです。人こそが財産なのです。あとは、いかにお客様に満足いただける成果物を創っていけるかですね。当社ではアウトソーシングにも積極的に取り組んできたので、従業員が10人ぐらいでも100人規模の会社と同等の仕事が受注できたのです。すべては人と人との信頼関係ですね」

ビクタス株式会社 代表取締役 渡辺 誠司

社会に貢献し、生き様や名を残せるような仕事を

「社会人になったばかりの頃は、宴会の幹事を率先して引き受けていました」と笑う渡辺。好奇心とお節介は子どもの頃からの取り得。エンジニアになり経営者となった今でも、その「お節介精神」は健在だ。

渡辺は、自分たちが創ってきたものは「社会に貢献できるシステム」だと自負している。今後もその方向性は変わらない。

これから取り組んでいくテーマの一例としては、昨今、過重労働でニュースになっている物流業界の問題点を解決し、業務を効率化できるプロダクトの開発、ドクターがいない僻地での高度医療を実現する遠隔画像診断システムなど。構想しているプロジェクトは、いずれも社会貢献性の高いものばかりだ。2018年には30期を迎えるが、残したいのはお金ではなく「生き様や名を残すような仕事」だという。

さらに、渡辺の関心は「人づくり」にも広がっている。5~6年前から、ビクタスでは組織づくりや風土づくりにも力を入れ始め、人事評価制度なども再構築している。いずれも今後50年、100年と続く企業であるための骨格づくりだ。

また、新卒採用を始め、アウトソーシング事業だけでなく自社開発事業にも力を入れるようになった。

これまで世の中のいろいろな側面で「お節介」を発揮して、それぞれが抱える課題を解決できるようなシステムを真摯に創ってきた。それと同じように、社員の成長をサポートしていきたいと考えている。

「『粘り気のある会社』でありたいと思うんです。システム開発ができるというだけでは足りない。人の手助けができたり、相談ごとに乗れたりすれば、仕事の幅や可能性も広がっていきます。それこそが人材づくりではないでしょうか。骨格の太い人材を育てていきたいですね」

そのために、渡辺自身も変化をいとわない。水に浮く葉のようにあっちに行ったりこっちに行ったり。そんなスタンスでいいと考えている。結論ありきで一直線に進むよりも、そのほうが面白いのだと言う。

「IT業界は、これからますます柔軟性が問われるでしょう。主流となるインフラも変わっていきますし、デバイスの技術も変化する。それに伴い、対応するソフトウェアやサービスを開発していく必要があります。同じ現場に居続けて『ずっとこのままいいか』という考えでは通用しなくなる。『現状維持は停滞だ』と、私は社員にこれからも言い続けていきます。会社としても上場を目指していくなど、人材と共に大きく伸ばしていきます。夢は大きく持っていたいですからね」

ビクタス株式会社 代表取締役 渡辺 誠司

リスナーの目線

修羅場も乗り越え、ドラマティックな人生を生きてこられた渡辺社長ですが、その表情も語り口もとても穏やか。人からは「お人よし」と言われるそうですが、まさにそんな印象です。「来る者は拒まず、去る者は追う」と笑うお姿に、人情の厚さを感じました。30年間着実に実績を積み上げてこられながらも、自身を「浮草」と表現し、変わっていくことに意欲的。そのスタンスこそが、会社の「長生きの秘訣」なのかもしれません。

インタビュー・編集/青木典子、三本夕子 撮影/田中振一

Profile

栃木県生まれ。大学卒業後、ソフトウェア会社に入社。以降20年に渡り、エンジニアとして活躍する。特に金融・流通業界の業務システム開発を得意とし、数々のプロジェクトリーダー、プロジェクトマネジャーを歴任。1989年、ビクタス株式会社を設立。ソフトウェア関連のコンサルティング、設計、製造、保守まで一貫したサービスを展開する。 今後はシステム開発を主軸としたアウトソーシング事業、自社開発事業の展開を目指す。

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