
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
SNSサイトの先駆けから、『モンスト』のヒット、スポーツ事業へと分野を拡大
軸となるこだわりは「心もつながる」「ユーザーサプライズファースト」
木村 弘毅 / Koki Kimura
株式会社MIXI
代表取締役社長 上級執行役員
「僕たちが一貫して届けてきたのは『豊かなコミュニケーション』です。こだわるのは、『ユーザーファースト』でも『マーケティングファースト』でもなく、『ユーザーサプライズファースト』。制作現場から経営判断にいたるまで、『そこに幸せな驚きがあるか』をすべての基準としています」
今や日常生活に浸透し、欠かせないコミュニケーションツールであるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。その先駆けとなったのが株式会社MIXIだ。
2004年、汎用SNSとしては最古参であるSNSサイト「mixi」の運営をスタート。その後、ゲーム事業に参入すると、スマホ向けゲームアプリ「モンスターストライク(略称:モンスト)」を生み出し、大ヒットさせた。現在は競輪・競馬などの公営競技、スポーツビジネスへも事業拡大し、サッカーJリーグの「FC東京」、バスケットボールB.LEAGUEの「千葉ジェッツ」を傘下に収めている。
子どもの写真・動画共有アプリ「家族アルバム みてね」は、2015年のサービス開始から多くのパパ・ママに支持され、ユーザー数1,500万人を突破(2022年8月時点)。175の国・地域でも展開しており、登録者数を伸ばしている。
幅広い事業分野へ拡大する中、同社は2022年4月、コーポレートブランドをリニューアルした。リードしたのは「モンスト」を立ち上げから手がけたゲームプロデューサーであり、2018年にミクシィ(現 MIXI)代表取締役社長に就任した木村弘毅だ。
リニューアルのタイミングで同社は、新たなパーパスを掲げる。
「豊かなコミュニケーションを広げ、世界を幸せな驚きで包む。」
このパーパスは最近になって考えて打ち出したものではない、と木村は話す。創業時からMIXIに根付いていたこだわりを改めて言語化したものだという。
「これまで多様な事業を展開してきましたが、いずれも基軸にあったのは『人々に豊かなコミュニケーションを届ける』ということ。離れた場所にいる友人知人とつながるSNSはもちろん、ゲームも競馬・競輪もスポーツ観戦も1人でやるより仲間とワイワイやった方が絶対楽しいと思うからです」
コミュニケーションで重視するのは、量や頻度より「質」。通信を利用する人数や回数を増やすだけでなく、利用する人の「心もつながる」ことを目指す。人々が共感し合えるような場やコンテンツを提供し、熱量の高いエモーションを大切にして、豊かなコミュニケーションをドライブさせていく。
パーパスのフレーズの後半にある「驚き」も、同社が長年こだわってきたポイントだ。社内ではずっと前から「上司の考えに従う必要はない。アルバイトも社長も関係なく、お客様を驚かせるアイデアを出した人間が一番えらい」とされてきた。
この言葉どおり、意思決定の軸であるMIXI WAY(ミクシィ・ウェイ)として「ユーザーサプライズファースト」が掲げられている。
「『ユーザーファースト』になってはいけない。ユーザーが何を求めているのかと答えを聞くのはナンセンス、という考え方です。僕たちがユーザー=お客様の一歩二歩先を行き、お客様の想像を超えるものを生み出して驚いてもらう。そんな価値提供を目指してきました」
そんなミクシィ・ウェイを貫くためのVALUES(行動指針)として明文化したのが「発明」「夢中」「誠実」だ。
サプライズを起こすためには、プロダクトにおいても業務プロセス改善においても新しい視点での「発明」が欠かせない。そして、ユーザーが夢中になってくれるものを提供するためには、創る自分たちが「夢中」になれるかどうかが重要だ。
これを体現しているのが、MIXIの創業者であり、現在は取締役ファウンダー 上級執行役員、「家族アルバム みてね」のプロデューサーを務める笠原健治だという。
「笠原は今も現場で日々『みてね』に向き合い、きゅっきゅとサービスを磨き続けています。はたから見ると違いがよく分からなくても、『まだこのあたりに曇りが……』と、妥協を許さない。とことんこだわって磨き上げることが、お客様への『驚き』の提供につながるのだと考えています」
しかし「ユーザーサプライズファースト」を最優先すれば、摩擦が生じることもある。ほかのメンバーから「ここが足りない」「ここを変えてほしい」などと指摘を受ければ、「自分が作ったものが否定された」とマイナスの感情を抱くこともある。そんな時も「ユーザーのために」という目的に立ち返り、受け入れるスタンスが重要だ。それを「誠実」というワードで表し、行動指針の3番目に据えた。
設立から23年余りのMIXIの歴史においては「ユーザーサプライズファーストとは言い切れない時期もあった」と、木村は振り返る。SNS事業の業績が落ちた時期には、営業・企画・開発などの部門間で分断が生じ、事業が円滑に回らない責任を他部門に転嫁する風潮が強くなったこともある。
そうした環境下で、企画部門にいた木村は営業部メンバーとも仲良く付き合っていた。
「営業部メンバーが中心だった野球部に、企画部から僕1人だけが参加していたんです。部活動では部門の垣根がなかったので、『話せばみんないい人ばかりなのに。どうして反発や衝突が起きてしまうのか』と、もどかしかった。コミュニケーションを円滑にするためにはどうすればいいのか。やはり『目指すゴール』を共有することが大切で、そのゴールこそが『お客様に驚きを提供するサービス作り』だと考えました」
業績が振るわない状況では、「自分たちの組織を守る」という意識に傾きがちだ。しかし木村の視線は一貫して「お客様」から外れることはなかった。
その基本スタンスは、祖父・父から受け継がれたものだという。
木村の祖父はトヨタ系列の工作機器メーカーで社長・会長を務めた。退職金を全額会社に寄付したエピソードもあるなど、私利私欲よりも会社や社会への貢献を第一に考える人物だった。
そんな祖父を見てきた父もまた、経営者の道を選んだ。銀行を退職し、省エネ商品を扱う電気設備会社を立ち上げたのだ。しかし、起業から間もなく父は病に倒れ、木村は大学を中退して会社を手伝った。
「商売とは、お客様からどれだけ信頼していただけるかが重要だ」――今は亡き父の言葉がずっと耳に残っている。
木村は父の会社を手伝うかたわら、興味を持っていた「コミュニケーション」を学び、コミュニケーションツールとしての「通信」の進化に注目した。当時はPCからモバイルへシフトしつつあった時代。「世の中が変わる」と感じ、父の会社を叔父に託し、モバイルコンテンツ会社に就職した。
祖父・父と続けて「経営者」の姿を見つめてきた木村だったが、学生の頃は、「自分は商売人にはならない。研究者、クリエイターになりたい」と思っていたという。その意志どおり、3社での経験を経てミクシィ(現 MIXI)に入社し、ゲームプロデューサーとして活躍した。
しかしその過程でも、祖父・父から受け継がれた「商売人の矜持」が木村の中から消えることはなく、MIXIの「パーパス」に反映されることになったのだ。
「お客様が支払ったお金以上の満足を提供できているか。どうしてもそこが気になります。『お金を払って損した。後悔している』なんて声を聞いたら、本当に傷付きますよ。申し訳ないし、悲しいです」
これまで複数の会社で勤務してきた過程では、「会社都合」を優先する判断にフラストレーションを感じ、組織における優先順位の付け方に疑問を抱く場面もあった。「何のために事業を営んでいるかって、やはり『多くの人を幸せにすること』こそ、誰にでも共通する生涯の目的なんじゃないかと、強く思っています。そして、人が幸せになるために欠かせないのが『コミュニケーション』であると信じています」
テクノロジーの進化に伴い、インターネットの活用法がどんどん広がっている。しかし同時に、インターネットの進化によって失われているコミュニケーションもあると、木村は感じている。
近年は3次元の仮想空間「メタバース」にも注目が集まっており、四六時中、バーチャルの世界に潜っている時代が来るのではないかという予測を語る人もいるが、「本当にそれで人は幸せになるのか」と疑問を抱いているのだ。
「もちろん、今後もMIXIは会社の成長のためにテクノロジーを活用します。しかし、それはコミュニケーションを失わせるのではなく、より取り戻していくものでありたいと考えています。歓喜、興奮、温かな思い、幸せ、居心地の良さ。人々がそれらを共有し、さらに濃くて豊かな『心のつながり』が生まれるような事業を展開したい。それにより、世界中の人々の人生の価値を高めることを目指していきます」
公開日:2022年12月23日
電気設備会社、携帯コンテンツ会社などを経て、2008年、株式会社ミクシィ(現 株式会社MIXI)に入社。ゲーム事業部にて「サンシャイン牧場」など多くのコミュニケーションゲームの運用コンサルティングを担当。その後、モンスターストライクプロジェクトを立ち上げる。
2014年11月、執行役員就任。2015年6月、取締役就任。2018年4月、取締役執行役員就任。2018年6月、代表取締役社長執行役員就任。2020年4月、代表取締役社長就任。2022年4月より、代表取締役社長 上級執行役員(現任)。
Contact
東京都渋谷区渋谷2-24-12 渋谷スクランブルスクエア36F
インタビュー:垣畑光哉/執筆:青木典子/佐々木沙枝
撮影:新見和美
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