
一人ではできないことを、チームで実現させるスイミー経営
「絵で人々に夢のような時間を届ける」 何度挫折を味わっても、目標に向けて前進を止めない
橋本 圭司 / Keiji Hashimoto
DT合同会社
CMO
「絵で人々に夢のような時間を届ける」
強い志のもと、アーティストの田村大とCMO(Chief Marketing Officer)の橋本圭司が2018年に立ち上げたのが、DT合同会社だ。
柱となる事業は、田村が描くアートを活用した企業ブランディング。
田村はデジタル全盛の時代に手描きにこだわり、自身がしていたバスケットボールを中心とした、さまざまなアスリートの絵を繊細かつ躍動感あふれるタッチで表現する。2016年にイラストの世界大会での優勝を機にアーティストとしての活動を加速。Instagramのフォロワー数は20万人を超える。
同社は、描いた絵をただ納品するだけではない。コンサルティングによってクライアントの事業を深く理解し、最適なマーケティングプランを企画・提案することでアートの効果を最大限に生かすのがDTの強みだ。営業と事業企画、デジタルマーケティングの領域で経験を積んだ橋本が、CMOとしてその役割を担っている。
田村の影響力を活かし、これまでに森永製菓株式会社の「inゼリー」ブランド、「FENDI」とのタイアップ企画による表参道での特大アート作品の展示。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主催する、小・中学生を対象とした作文絵画コンテストへのキービジュアル提供など、有名企業や公的機関のブランディングで成果を上げてきた。
橋本は、ここに至るまでの過程で二つの「ゼロイチ」があったと回顧する。
かつて橋本は、大手通信会社で営業職として勤務していた。実績が評価され、その後、社内公募での選抜を経て、教育関連の新規事業に参画。しかし営業時代とは業務内容も求められる能力もまったく異なる環境で、思うような成果を出せず勤続10年目にして休職することになる。
「その時の私は生き方の軸が揺らいでいました。売上重視で目の前の数字を追いかけることが大切だとされる一方で、新規事業を通じて出会う方々の中には『子どもたちのため、社会のために何ができるか』という視点で仕事をしている方が数多くいる。私は本当に今の生き方のままでいいのか……自身の力量への疑念に加えて、そういった迷いが休職につながったんだと思います」
気力を失い、将来への希望も見いだせなくなっていた橋本に、一本の電話があった。携わっていた新規事業を通じて深く交流し、橋本がメンターとして尊敬の念を抱いていた特別支援学校の肢体不自由教育校長会トップの教師からだった。
「その先生は『子どもたちのために』が口癖で、役職などの立場を超え、いつも周りの人のことを気にかけていました。私が失意の渦中にあることを人づてに知って『社員としてではなく個人の橋本と会って話がしたい』と連絡をくれたんです。その時の会話が、私にできることは何かをもう一度問い直す機会になりました」
そして橋本が見いだした答えは、新規事業を通じて出会った人たちが取り組んでいるような草の根の活動を、もっと多くの人に届けることだった。通信会社の退職を決意し、マーケティング会社に転職。「自分が大切だと思うものを、より多くの人に届けるために」という信念のもと、マーケターとして知識や技術を貪欲に吸収し、力をつけた。
田村と出会ったのは、その約一年後。共通の友人を介して田村を紹介された橋本は、強烈なオーラを放つ田村の作品を目にして、心が震え上がるのを感じた。
「田村の原画が持つ迫力に圧倒されました。『絵で人々に夢のような時間を届ける』『世界を代表するアーティストになる』という、途方もない夢を真剣に語る彼に魅了されました。一方で、その時すでにアーティストとして一定の知名度を獲得していながらも、思うような結果を出せていないことに悩んでいました」
二人で手を取り合えば、より大きな可能性が生まれるに違いない――。こうして二人はDTを設立する。
「田村一人でも100万人に絵を通じて想いを届けることはできる。けれど、私が加わればそれを1,000万人、1億人まで広げられると考えたのです」
社名の由来は「Dream Time」と「Dai Tamura」を掛けたもの。絵で人々に夢のような時間を届けるための、最初のイチが生まれた瞬間だった。
現在5期目を迎えるDTだが、歩んできた道のりは決して楽なものではなかった。
「挫けそうになったことは何度もあります。けれど、困難に直面した時にいつも私を奮い立たせてくれたのは、田村の存在でした」
そう話す橋本にとって、田村の言葉で自分自身が変わる転機となった忘れられない出来事が三つある。
一つ目は、DTの創業当初。ささいなすれ違いからメンバーの一人と橋本が言い争いになった時、その様子を見た田村が「ごめん。俺が売上をつくれていないから、俺の責任だ」と謝ったという。
「田村が謝ったのは、私たちが目先のことで争っているのを自分の責任だと感じたからです。田村はいつも『DTはチームだ』と考えていました。目の前の小さなパイを取り合うんじゃなく、いかにみんなでパイを大きくできるか。個人の欲や短期的な視野にとらわれると、結果的にチームとしても個人としてもマイナスになります。彼の言葉の意味を理解した私たちはけんかをやめて、同じ方向を向くことができました」
二つ目は、大手教育関連企業のコンサルティング案件を受託した時のこと。DTとして初の大型案件だったが、プロジェクトの途中でクライアントと方針が合わなくなり、橋本は案件からの離任を検討し始めた。
「すると田村はこう言ったんです。『現時点で方針が合わないのは、双方が当初掲げた最終目的に向かうこと以上に重要なのか?』と」
それまで大手企業や著名人と接する中で、実は田村自身も、自分の絵や人格を否定されるなど、理不尽な思いを何度も経験してきたという。
「私だったら嫌な思いをする相手とは付き合わなければいい、と考えます。けれど彼は、それを『世界を代表するアーティストになる』という目的と天秤にかけて、今は良い関係性でなくても最終的には強力な助っ人になるはずだから、と感情を抑えて辛抱強く関係性をつくっていました」
結果、かつて田村を否定した人々が今は田村のファンとなり、大切なクライアントとしてDTの事業を後押ししている。
橋本もそれを知っていたからこそ、田村の言葉で自らを省みることができた。果たすべき目的を再認識した橋本はクライアントに謝罪し、改めてプロジェクトを推進した。今ではそれが軌道に乗り、DTの大きな実績となった。
そして最後は、元体操選手の内村航平氏の引退記念で田村がコラボアートを手がけた時だった。
内村氏の演技の一瞬を切り取った躍動感あふれる絵を、NFT作品(唯一性が証明されたデジタル作品)としてオークションサイトに出品した。しかし高めの価格設定からまったく応札がなく、フロントに立つ橋本に対してSNS上で批判の声も上がった。
落ち込む橋本に田村は「ネガティブな反応が起こるのは、世間の注目を集めているからこそ。もし結果が出なくても、将来『あの時入札しておけばよかった』と振り返ってもらえるよう前進を続けよう」と声をかけた。オークション期日の直前、この作品を大切にしたいという言葉とともに、あるオーナーによって無事に落札された。
「その時、ハッとしました。私は田村のように才能豊かな人間ではありません。壁にぶつかるたびに、何度も何度も挫けて心が折れそうになる。だけど田村の言葉や姿勢から、遠く先に見据えた最終目的まで自らの道を貫くことの大切さ、目先の利益や感情にとらわれることなく、常にゴールだけを見据えてすべてをポジティブに変換する強さを学びました。自身の生き方が変わるのを感じました。まさに私自身が、ゼロにリセットして新しいイチに生まれ変わったのです」
橋本は言う。田村大という人間の生きる姿を最も近くで見て、今まさに自分自身がDream Timeを生きている、と。
夢を追うことで人は変わる。そして、何度挫折を味わっても夢に向かってぶれることなく邁進していける人を、一人でも多く増やしたい。その想いが、今の橋本を突き動かす強い原動力になっている。
橋本が描くDTの未来は、アートを軸に、人々が幸せに生きられる未来をつくるために今やるべきことが何なのかを問い、実践していくことだという。
「目先の利益を追えば、短期的には得をするかもしれません。ですがNFTもしかり、今の世の中では、誰かが損をするうえで成り立つゼロサムゲームが多く存在していると思います。それよりも、物事を長い目で見て、より多くの人が長期的に幸福度を最大化できる道を選び取っていくことの方が、社会にとっても自分自身の幸せにとっても大切なこと。それは、田村が体現している生き方そのものだと思います」
橋本が願うのは、自身がそうであるように、目先の損得や感情に流されることなく、遠い先にある夢を追いかけ、挑戦する人が増えていくこと。全体最適を目指して支え合い、一人ひとりが自分らしく生きられる社会の実現を目指す。
「夢に向かって挑戦していると、誹謗中傷など他人の足を引っ張る時間などないことに気が付きます。そんな挑戦者が増えれば、お互いに夢や想いをもっとオープンにして尊重し合えるようになると思う。私は『団体戦』という言葉をよく使うんです。ギスギスした人が多ければ多いほど、世の中全体が閉塞感に包まれ、逆にそうじゃない人が増えていくと世の中はもっと優しくなる。偏差値や年収など画一的な基準ではなく、一人ひとりが本当に大切にしたいと信じる方向へ、自分の本心に逆らうことなくスカッと生きていく。その先の未来には、今よりももっと優しさにあふれた、誰もが生きやすい世界が広がっているはずです。DTは、そんな夢を追う挑戦者たちとSNSやイベントを通じてつながり、互いに応援し合って共に前進していけることを願っています」
ゼロからイチを生み出す挑戦者を一人でも多く増やすために。橋本と田村の挑戦は続く。
公開日:2022年9月8日
早稲田大学政治経済学部卒業後、新卒でソフトバンク入社。IT商材の流通営業を経験した後、社内公募での選抜を受け、新規事業部門に異動。iPadを教育市場へ展開する新規事業において、クラウド市場参入を社内で起案。EdTech系ベンチャーとの独占販売契約の締結までこぎつける。
その後、事業立ち上げにおけるマーケティングの重要性を感じ、Webコンサル会社へ転職。2018年にイラスト世界チャンピオンの田村大と共にDT合同会社を設立し、CMOに着任。DT合同会社のCMOとして販路開拓を推進しながら、株式会社明光ネットワークジャパンの新規事業においてマーケティング責任者を務めるなど、事業企画・マーケティングの経験を軸に複数のプロジェクトを並行して推進している。
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東京都足立区千住緑町一丁目24番1号
インタビュー・執筆:安部亮多/編集:室井佳子
撮影:田中振一
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