
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
「人のため」に働く。仕事の本質の先に自己実現がある
下山 慶一郎 / Keiichiro Shimoyama
キャリアスタート株式会社
代表取締役社長
「転職が一般的になり、終身雇用が崩壊しつつある今、『どこかの会社に就職できれば安心』というわけにはいかなくなりました。個々人が自分自身のキャリア形成についてしっかり考えなければならない時代なのです」
そう話すのは、若手人材の就職や転職をサポートするキャリアスタート株式会社、代表取締役社長の下山慶一郎だ。人材紹介業はもともと、3〜10年程度の就業経験がある人たちを対象の事業として広く利用されていた。紹介会社は「即戦力となる人材」を求める企業に対し、一定のキャリアを持つ人材を紹介、そして手数料を得るという仕組みだ。ところが、2008年頃から人材サービスの多様化が進み、キャリアの浅い若手向けの人材紹介会社も増え始めた。
そんな中、キャリアスタートは2012年に産声をあげた。
同社の支援対象は、キャリア形成へのスタートを十分に切れていない人々がメインとなっている。将来のビジョンが明確になっていない就活生や、非正規で働く若者、早期退職をしてしまった若手社員などだ。そうした若者が長期的な視野を持ってキャリアを形成し、安定した人生をつかめるようサポートを行う。
「就職・転職はセオリーを押さえることが大切です。例えば『スポーツが好きだからスポーツ関連の仕事をしたい』という動機だけでは、なかなかうまくいきません。自分の希望を満たすだけの、自分中心の考え方になっているからです。本来、仕事は『お客様のため、人のため』にするもの。先ほどの例で言えば、スポーツ関連の仕事を通して、お客様やスポーツ業界にどのように役に立っていきたいのか、その中で自分自身はどうありたいのかということを考えていく必要があります。
また、社会のニーズに合っているかという点も非常に大切です。基本的には成長している業界や、市場規模の大きい業界に就職することをおすすめしています。成長業界であれば、今後もニーズが拡大していく分、チャンスも多く、成長機会やポストに恵まれる可能性も高くなります。キャリアスタートでは、そういったセオリーを押さえたうえで、一人ひとりの希望やこれまでの経験、将来像を考え、その人に寄り添ったアドバイスをしています」
若手キャリア形成のプロとして、求職者に的確なアドバイスを行う。その結果、採用した企業から、「やる気のある人が採用できた」「定着率が高い」といったフィードバックが届いている。
下山は2001年、新卒でリクルートグループに入社、派遣事業や求人広告に携わった後、別の人材紹介企業に転職した。人材派遣や求人広告、正社員の人材紹介、採用コンサルティング・採用アウトソーシングなど、人材関連の業務をひと通り経験した。
転機となったのは32歳の時。リーマンショックによる景気後退の波が世界中に押し寄せた。社会に出てからずっと、ITバブルなど好景気に沸く中で仕事をしてきた下山が、初めて味わう困難だった。営業に出てもまったく仕事が取れない、転職相談をされてもまるで力になれない。テレビをつければ「派遣切り」「派遣村」の話題が尽きなかった。リクルート時代に人材派遣業に携わった者として、胸が痛むとともに大きな無力感を覚えた。
「若い人材が見捨てられてしまう社会。その未来は明るいのだろうか」
そんな自問が、キャリアスタートを立ち上げるきっかけにつながった。求職者支援の方法はいろいろあるが、自分はキャリア形成に至っていない若者に寄り添って応援しよう。そう考えて独立を決めた。
創業当初から、「若者が生き生きと働く社会をつくって社会に貢献したい」という理念を抱いていた下山は、コロナ禍をきっかけにあらためてパーパスを策定。「すべての若者が生き生きと働く社会づくりに寄与すること」を掲げた。
「『すべての若者』とうたっていますが、私たちを頼ってくれる求職者全員を支援するのは難しいのが実情です。求職者が望むような求人依頼がなければ、応えることができませんから。しかし、100人と面談して仮に10〜20人の就職支援しかできなかったとしても、ほかの80〜90人の方にも『面談してよかった』『有益な情報がもらえた』と思ってもらえるような時間を提供したいと考えています」
また、キャリアスタートはアイデンティティー(=自社のあるべき姿)として「日本最高の若手キャリア支援会社であること」を掲げている。「売上」を今すぐ最高にすることは難しいが、「最高のサービス」なら今日から提供できる。一件一件、最高品質の面談を目指そうという想いを込めている。
下山は、人材業界の社会的役割についても言及する。
「この時代における人材業界の役割は二つあります。一つは、人が生き生きと働くことを支援すること。もう一つは、人材流動の調整弁として機能を果たすこと。若い人たちが、今、そしてこれからの社会に必要な産業に就くことが、明るい社会を形成していくのだと思います。そうした産業のやりがいや魅力を伝えることも、我々の使命だと思っています」
キャリアスタートは、パーパスやアイデンティティーを浸透させるためのさまざまな取り組みを行っている。その一つが、全社員を集めて半期に一度行う社員集会だ。下山は自らの言葉で、経営計画や理念を伝え、社員を鼓舞する。成績優秀者やベストプラクティスを生み出した社員を称え、表彰する。もちろん新入社員の入社式は盛大に行い、心から歓迎してモチベーションアップを図っている。
集会とは別に、トップの想いをじかに伝える場として機能しているのが「チーム会」だ。一般的な企業の課会や部会に相当するもので、1チーム3〜6名で構成、週1回開催している。そこに下山は隔週ペースで出席し、社員とコミュニケーションをとっている。
「『何のためにこの事業をしているか』と自分の想いを語ることもあれば、『君は何のためにこの仕事をしているか』と社員に問うこともあります。別のチームで話題になったことや、仕事のノウハウについて共有する機会にもなっていますね」
社員たちはこうした下山の取り組みに刺激を受けて、一層モチベーションが上がっているという。
キャリアスタート独自のユニークな取り組みは、求職者に対してもある。就職・転職を果たした後に行う「入社後インタビュー」や「転職交流会」の開催だ。同社は入社後のキャリア形成までを見据えて求職者を支援する方針を掲げているため、紹介先企業に許可を取ってこれらを定期的に開き、彼らの成長を見守っている。
一般に人材紹介会社は、転職者を入社まで支援したら、その後は関わらないケースが多い。転職者が人材紹介会社と接点を持ち続けることで、入社後にまたすぐ転職、となってしまっては紹介先企業にとって不利益だからだ。
「インタビューや転職交流会を通して、キャリアスタートは自分が転職をあっせんした人が入社後にどんなスキルを身に付け、どれだけ成長したのかを目の当たりにすることができます。彼らが新天地で輝いている姿を見ることは、キャリアコンサルタントとして大きなやりがいを感じられる瞬間です。転職者を支援する取り組みでありながら、同時にキャリアスタートの社員に活力を与える、価値のある取り組みだと実感しています」
「一人ひとりが良いキャリア、良い人生を叶えてほしい」
既存の人材紹介サービスという枠にとらわれない価値提供をしていきたいと、下山は先を見据える。入社後にスキルアップをするための研修サービスやキャリア形成支援など、転職者に対して何かしらの“伴走”ができないかと考えているのだ。
「若手人材のキャリアにもっと寄り添ったキャリアコンサルティングを提供したいのです。その結果として会社が成長し、新卒や第二新卒の領域でトップクラスの人材紹介会社になれたらいいですね」
人材業界にとってより影響力のある会社を目指し、同時に「トリプルウィン」を実現させたいとも話す。
「トリプルウィンの『トリプル』は、求職者とクライアント企業と当社社員の三者を指します。求職者とクライアント企業だけでなく、我々キャリアスタートの社員も生産性の高い仕事をして目標を達成し、良い人生を送るのが理想です。結果を出すことで、生活が豊かになる。偉大な経営者の言葉を借りるなら、『物心両面』の幸福を追求していきたいです」
ビジョンやありたい姿を実現するにあたって、下山は社員に対して次のような期待をする。
「どんな時でもブレずに、『求職者ファースト』を貫いてほしい。そのうえで、自己実現に向けた挑戦を続けてほしい」
若手人材にしっかりと向き合い、彼らの挑戦へのモチベーションが向上するような働きかけやサポートを高品質で提供する。その一方で、自身のキャリア形成につながる挑戦をしてほしいというのだ。
「ここ2〜3年、当社は前年比140〜150%の成長を続けています。挑戦できるポジションや仕事はこれからどんどん増えていくでしょう。新規事業の立ち上げに挑戦するのもよし、最高業績を狙うもよし。年収1,000万円も難しいことではありません」
実際、同社では、リーダーやマネジメントのポジションに入社1〜2年の社員が就いている。若い社員が経営戦略や事業戦略といった、まだ設置されていないポジションを目指すことも可能だ。そうした野心を持って邁進する社員も、ワークライフバランスを大切にする社員も、それぞれの良さを生かして働くことができる。
実際にキャリアスタートの社員定着率は極めて高く、定着率100%、つまり一人も退職しない年度もある。退職者が出てしまった年でも、90%前後の定着率を実現している。価値ある理念、高いモチベーション、多様性の実現が相まった結果だと考えられる。
「若い世代の求職者支援・キャリア形成支援は非常に意義ある仕事です。社員には『人のためになる事業に取り組んでいる』という価値提供の重要性を忘れずに、目標を達成し続け、多様な自己実現をしてほしい。キャリアスタートはそれができる場です」
公開日:2022年12月23日
1977年生まれ、千葉県出身。
2001年に中央大学法学部を卒業後、リクルートグループに入社。入社初年度から活躍し、人材事業ひとすじに10年以上にわたり、採用アウトソーシング・求人媒体・人材紹介・教育などを手がける。2012年にキャリアスタート株式会社を設立し、代表取締役に就任。
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東京都港区新橋二丁目6番2号 新橋アイマークビル8階
インタビュー・執筆:宮原智子/編集:室井佳子
撮影:田中振一
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