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ストーリー代表・CEO

北京を拠点に世界から 大型オファーを受けて 活躍する日本人建築家

ターニングポイントは2つの大震災

「建築」の枠を飛び越えて
より良い社会を創造するという
使命を果たしていきたい

SAKO建築設計工社
迫 慶一郎 / Keiichiro Sako

ランドマーク建築の設計から企業のブランドプロデュースまで

白黒のサイコロを積み上げたような斬新なデザインが目を引く『北京バンプス』。組み立てた玩具ブロックにも見えるユニークな高層ビル群『北京ピクセル』。いずれも一度見たら忘れられない、インパクトの強いデザインだ。北京ピクセルは、20万平方メートルの敷地に1万戸のメゾネットが集積し、2万人超が住まう。こうした北京のランドマークとなる建物の設計を手がけたのは日本人建築家。SAKO建築設計工社の代表・迫慶一郎だ。

迫は2004年、日本人建築家として初めて中国(北京)に事務所を開設。以来、100を超えるプロジェクトを手がけてきた。その活躍の場は、中国全土や日本をはじめ、韓国、モンゴル、スペインなど広がりを見せている。これまで飛行機で移動した距離は200万キロメートル以上。地球をざっと50回は周った計算だ。現在、北京のほか東京、福岡の3拠点に事務所を構え、世界各地からのオファーを受けている。グッドデザイン賞や13年連続のJCDデザインアワードなど受賞歴も多数。その活躍ぶりは『情熱大陸』『ガイアの夜明け』『NHKスペシャル』など多数のテレビ番組やメディアでも注目されてきた。



そんな迫は、建築デザインの枠にとどまらず、インテリアデザインや都市計画、企業のブランディングと、さらに幅を広げている。その一例が第4の携帯キャリアである『freebit mobile(現トーンモバイル)』の総合プロデュースだ。最初に依頼を受けたのは店舗デザインのみだったが、空間やスタッフのユニフォームのデザイン、CMやデザイン制作のガイドラインの監修まで携わった。
そのデザインの基本コンセプトは虹のようにたくさんの色を使うこと。迫がデザインしたユニフォームは、既存の「携帯ショップ店員」の概念を崩し、ジーンズ素材にカラフルなペンキで色を散らしたようなデザインになった。呼び名も「携帯ショップ」ではなく、「アトリエ」とし、店員も「クルー」と呼ぶ。そこに訪れる人はもちろん、働く人たちも楽しくなるような空間に仕立てたのだ。

「デザインに関わることであれば何でもやってみたいという好奇心が根本にあります。未知の分野でも、まずはできるかどうか挑戦してみたい。本来の専門は建築デザインですが、建物とは多様な要素で構成されているものなので、デザインする際は常に総合的な視点で捉えます。都市も建築も日用生活品も、基本はすべて“人間が使う”もの。人間を中心とした基準があって、そこからデザインに発展させていくから、僕の中ではすべて連続性があるのです。門外漢だから手が出せない、とは考えていません」


 

中国と日本での大震災を機に、社会貢献への使命感が高まる

建築家となって以来、自身の好奇心が向くまま、数々のプロジェクトに挑む日々を送っていた迫。しかし独立から4年目、大きな転機が訪れた。2008年に起きた四川大地震だ。建物が倒壊し、子どもを含め多くの人がその下敷きとなって命を落とした。建築家として、1人の親として、そして人間として、心が震えた。

「いても立ってもいられませんでした。日本は耐震性に優れた建物を作る技術を持っている。そのノウハウを知る人間が現地に行き、耐震性に優れた建築を行わなければ――それが建築家としての使命だと感じたんです」

迫はすぐに行動に移し、四川に幼稚園を作るプロジェクトを立ち上げた。本業が多忙を極める中、莫大な労力がかかり、赤字さえ生むようなボランティア活動。それにもかかわらず、迫を突き動かしたのは「建築家は社会を良くする事業に直接関われる仕事。ならば社会に貢献できることは何にでも取り組みたい」という信念だけだった。

そして四川大地震から3年後の2011年、日本で東日本大震災が発生する。迫は北京で母国の惨状を知った。
迫は学生時代、ヨット部に所属し、海に慣れ親しんでいた。海の素晴らしさも怖さも知っている。だからこそ、津波対策については、迫なりの発想が湧き上がった。復興支援に即座に手を挙げ、立ち上げたのが「東北スカイビレッジ構想」だ。
「海との共生」が、迫が掲げたテーマ。防潮堤や避難タワーといった対策では、根本的な解決にはならない。そこで、街の構造をゼロから考えた。大津波も受け流せるような海抜20メートルの人工地盤を築き、その上に住宅地をはじめ、商業施設、教育・医療機関などの生活空間を築く。スカイビレッジ全体が食料もインフラも確保された自律型集落として機能し、海のそばで暮らしながらも、非常時に避難施設に行く必要はない。
ソニー元会長の出井伸之氏をはじめ多くの賛同者を得、官僚や政治家も巻き込みながら、構想実現に向けて奔走した。四川と同様、迫を突き動かしたのは「使命感」だった。設計図を描いて終わりではなく、資金調達のために自ら足を運び、地元民の声にも真摯に耳を傾けた。それが、迫が体現した社会貢献の形だった。


四川での幼稚園建設と、東北スカイビレッジ。情熱を注いで取り組んだ2つのプロジェクトは現在、いずれも暗礁に乗り上げている。四川では利権問題に阻まれ、東北では異なる立場・意見の人々をとりまとめる難しさを感じたという。

「社会構造の問題を強く思い知らされました。東北スカイビレッジでは『日本には決定権者がいない』という構造が壁となった。既存のやり方をなぞるようなものであればスムーズに進むのですが、前例のない新しいことをやろうとすると硬直してしまうんです。けれど、再び非常時になってから対策を考えていたのでは遅い。問題を先送りにせず、根本的な解決をするためには、こうした閉塞感を打ち破る必要がある。これらの経験を通じて、社会に貢献するという使命感が僕の中でますます強くなりました」

現在、建築業以外の社会貢献として迫が注力しているのが、日本の起業家の海外展開を支援する活動だ。
海外で活躍する日本人起業家のネットワークとして、2004年に発足した『和僑会』。世界各地に点在しているが、迫は四川支援の賛同者を募る過程で2010年に『北京和僑会』を立ち上げ、後に和僑総会の3代目会長を務めた。和僑会をグローバルネットワークに発展させるべく、2016年、一般社団法人WAOJE(ワオージェ・World Association of Overseas Japanese Entrepreneurs)を設立。初代代表理事に就任した。

「日本で培われた技術や仕組みで海外市場に打って出るのは、とても価値あることです。けれど、大企業でもない限り、海外の市場情報をつかむことは難しい。起業家は言わばピン芸人みたいなものですから(笑)。そこで、僕のようにすでに海外を拠点に活動をしている起業家がノウハウを共有するネットワークが活きるのです。このネットワークを足がかりにすれば、小さな企業でも世界に進出していくことができるし、勝ち残っていくために必要なナレッジも共有していけます。世界を覆うビジネスインフラになるべく、ネットワークを広げて育てていきたいですね」

中国ビジネスは苦労も多い。けれど日本にない柔軟性がある

任期満了で現在は代表理事を退いたが、海外展開を志す起業家の支援に意欲を燃やす。特に15年にわたり経験してきた中国でのビジネスについて、蓄積した知見を提供したいという。
迫が最初に中国に活躍の場を得たのは2000年。当時所属していた山本理顕設計工場がコンペで勝ちとった『建外SOHO』のプロジェクトリーダーを任されたのが出発点だった。
プロジェクト完了後、迫の仕事ぶりの評判を聞きつけた中国人建築評論家が、中国の地方都市の公共建築のプロジェクトの依頼を持ちかけたのだ。そのとき、米国コロンビア大学へ客員研究員として赴任が決まっていたが、好奇心から依頼を受けることを決意。1年間、米国と中国を行き来し、『金華キューブチューブ』を完成させた。
コロンビア大学での任期を終え、北京に拠点を置き本格的に活動を開始。以降、途切れることなく大型建築のプロジェクト依頼が舞い込んできた。中国の高度成長期というタイミングに一致したという運もさることながら、常に感度高く、相手のニーズを汲み取りながら、期待される以上のデザインを創出してきたことが、支持を得た理由だろう。
迫は自らのデザインを「チャイニーズ・ブランド・アーキテクチャー」と表現する。その集大成の一つが、『杭州ロマンチシズム2』だ。人件費が安価な中国だからこそできる、「手仕事」の量で勝負するデザインを活かした。「Made in China」といえば「安価・低品質」と言われたが、発展に伴い、デザインの独自性によって大きな価値を生み出すことができる。先進国の真似ではない、新しいブランド力を築き上げられると実感した。



異国での活動は、「当然ながら苦労も多い」と迫は語る。さまざまな壁に阻まれ、頓挫したプロジェクトも多数。常に問題が発生し、侃々諤々としたシビアな現場。報酬の未払いで、資金繰りに苦慮したことも度々あった。

「それでもやりがいは大きい。大胆な設計を受け入れる懐の深さが中国にはあるからです。発展途上にあるからこその勢いや柔軟性。僕自身を表現できる場があると感じています。
一方で中国も変化しています。海外で高水準の教育を受けた、僕より若い世代の依頼主も増えてきた。彼らは非常にスマートで、そうした人たちが現在の中国社会を動かしています。国や経済が成熟していくプロセスを直に感じています」

日本での中国に関する報道は後進的な側面をクローズアップしたものが多いが、そういった情報にだけ頼っているのは危険だと迫は警告する。中国と日本を行き来していると、中国のほうがリードとしていると感じるものもあるという。

「中国には力強いリーダーシップがある。強引さはあるものの、大きく社会を変え、前進していく力があるのです。非効率だった分野が一気に書き換えられることも起きています。
日本は後れを取らないようにアンテナを張っておくべきだし、そうすることでビジネスチャンスも発見できる。僕は日本と中国の懸け橋となり、共に発展につながるような挑戦をする起業家たちを支えていければうれしいです」



インタビュー・編集/青木典子、三本夕子  撮影/田中振一

リスナーの目線

「56もの民族がある多民族国家の中国にあって、外国人は57番目の民族」という言葉がとても印象的でした。そうしたポジティブな発想力が異国での活躍のベースとなっているのではないでしょうか。そして、変化に適応できること。得意なことに執着するのではなく、新しいことに挑める勇気と行動力。海外で活躍したい方、ビジネスを展開したいという方にとって、大切な要素がギュッとつまっているお話でした。

Profile

1970年、福岡県生まれ。1994年、東京工業大学卒業。1996年、東京工業大学大学院修了。山本理顕設計工場を経て、2004年、SAKO建築設計工社設立。2004~2005年、米国コロンビア大学客員研究員、文化庁派遣芸術家在外研修員。
北京と東京と福岡を拠点に現在までに100を超えるプロジェクトを、中国、日本、韓国、モンゴル、スペインで手がけ、数々の受賞実績を誇る。建築設計とインテリアデザインを中心としながらも、グラフィックや家具、都市計画マスタープランまで、その仕事範囲も多岐に渡る。
2017年、海外の日本人起業家ネットワークである一般社団法人WAOJE設立、初代代表理事に就任。2018年、WAOJE東京支部長を務めている。
著書に「希望はつくる あきらめない、魂の仕事」(WAVE出版)

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