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ストーリー代表・CEO

『100歳でフルマラソン』 を目標に掲げる アクティブシニアの体現者

代表_OFFICE OF MARUYAMA & 弁護士法人丸山総合法律事務所

一度きりの人生
死ぬまで挑戦を続けたい!

弁護士・タレント・政治家・そして...
第四章スタート宣言

OFFICE OF MARUYAMA &弁護士法人丸山総合法律事務所
代表
丸山 和也 / Kazuya Maruyama

いつだって、より広い世界へ飛び込んできた

弁護士、丸山和也。突如テレビの世界に登場し、歯に衣着せぬ痛快な発言が人気を呼んだ人物。また、国会議員としても活動し、政治の世界も経験した。法律の専門家でありながら、法曹界だけでなく果敢に挑戦を続けてきた道のりには、丸山の信条が表れている。

 「広い世界を観てみたい、違う世界に飛び込んでみたい。僕の人生はいつもこの気持ちに突き動かされていました。何かに縛られることなく自分らしく生きること。その積み重ねで今があります」

 1946年、兵庫県揖保郡新宮町生まれ。山あいの土地で育った丸山は、自然を愛する純朴な少年だったが、同時に「あの山の向こうには何があるのか」と都会への憧れも抱いていた。そこで丸山は、『東京に行ってみたくて』早稲田大学法学部へ進学する。当時のことを丸山は、「上京のために夜行列車に乗ったときには胸が躍動し、東京に着いた瞬間世界がぱっと開けたような開放感を実感した」と振り返る。

 丸山が大学生活を送った1960年代は、学生運動が盛んな時代。キャンパスで巻き起こる闘争によって休校状態が続き、授業を受けた記憶がほぼないという。その分はじめは東京での暮らしを謳歌していたが、大学生活も後半に差し掛かり、法学部生として司法試験を目指すように。しかし、最大難度の国家試験として知られる通り、簡単な道のりではなかった。1度目、2度目の挑戦では敵わず、毎日10数時間の猛勉強の末、3度目の正直で合格。ただ、その間に大学を卒業して法務省の職員として働いていた時期がある。

 丸山にとっては、司法試験の合格が最優先だったため、生活のためにと敢えて法務省を選択した。知らない分野を経験したいという気持ちから、入国管理局での勤務を希望。出入国ゲートでパスポートやビザをチェックする仕事なら、海外との接点が持てると思ったのだという。けれど当時は飛行機の大幅な遅延が珍しくなく、20時に終わる予定が泊まり込みの夜勤になることも。受験勉強もある中で法務省の職員も続けていたことを、「困難な挑戦の方がヤル気になるという性分のせいかもしれません」と語る。

 司法修習生を経て弁護士登録。修行のつもりで国内の弁護士事務所に3年勤務した後、丸山は米国ワシントン大学のロースクールへ留学する。弁護士事務所では人材を育成する観点から事務所が留学を支援するケースも多いが、丸山の場合は自費留学。事務所を退職し、先の保証もない片道切符を握りしめ、30歳にしてアメリカに渡った。

「留学を希望した一番の理由は、日本の、そして自分の固定概念を外して学んでみようと思ったから。実際に海外へ飛び出してみると、縛られていたものから解き放たれたような気持ちでした。自分の視野の狭さにも気付かされましたし、日本は経済成長を遂げているといっても客観的な目で見ると課題も多く感じた。『自己満足』をしているだけなんじゃないかと、今までは見えていなかった側面で物事を考えられるようになりましたね」

 

平凡よりも好奇心、不安よりも高揚心

ロースクール卒業後は、ロサンゼルスの弁護士事務所で3年勤務。帰国後は海外の法律事情に詳しいという強みを活かしながら、幅広く案件を手掛けるようになる。弁護士としてのキャリアを着実に積み上げていく丸山だったが、転機が訪れたのは2000年頃のこと。日本テレビ系列のテレビ番組『行列のできる法律相談所』への出演をきっかけに、お茶の間にも広く知られる存在になっていく。

 友人からの紹介で出演依頼を受けたときは、まだレギュラー番組ではなく特番枠での試験的な企画だった。法律番組が世の中に受け入れられるのか誰にも分からない。だが、丸山は新しい挑戦をするスタッフに共感し、また自分自身も再び知らない世界に飛び込んでみたかったことから出演を決める。法律家としての専門知識を携えて挑戦できるなら、またとないチャンスだと思ったのだという。活動の場が広がったことで、丸山の人生は更に賑やかになっていく。国際感覚を持つ法の専門家の視点で世相を一刀両断する丸山ならではのキャラクターも人気を呼び、他番組への出演や講演依頼もやってきた。

 「訴訟案件にしろ、契約・交渉ごとにしろ、弁護士の仕事は法律の専門家同士でやり取りをするのが中心です。一方、テレビや講演の仕事は相手が一般の人たちになる。向き合う相手が変わったことが僕には一番新鮮で、どうすれば皆さんに興味を持って話を聞いてもらえるか、弁護士のときとは違うアプローチに挑戦している感覚でしたね」

 2005年には、59歳で『24時間テレビ』のチャリティマラソンランナーに抜擢。当時の最高齢ランナーとして見事100kmを完走したことも話題になったが、この大抜擢にも丸山らしい秘話が隠されている。

 「若い頃から早朝のジョギングは好きでしたが、30分近所を走る程度。最高でも町内会のマラソン大会で10km走ったくらいしかなく、自分にできる自信はありませんでした。だから、最初にスタッフが相談に来てくれたときには単なる興味本位で聞いていたのですが、そのうち『やっぱり丸山先生には無理だろうなあ』、なんて皆で言い出したんですよ。それを聞いていたらなんだか頭にきて『やってみなきゃ分かんないだろう』とつい言ってしまったんです。後から聞いたところ、へそ曲がりな僕をやる気にさせるためにスタッフはわざと丸山じゃムリだろうと言って反発させようとしていたようで、まんまと乗せられてしまった。でも、いざやると覚悟を決めたら不安はありませんでした。むしろ挑戦することへの高揚感で、練習や本番を乗り切りましたね」


他人に染まらず自分の生き方を体現する、伝道師でありたい

その後は、2007年の参議院議員選挙で初当選し政界へ進出。タレントとして一番順調だった時期に次なる道を選択したのも、丸山独自の人生観によるところが大きい。

 「迷ったときはリスクの高い方を選ぶのが僕の生き方。タレント弁護士として活動は安定していましたし、経済的にも恵まれていたので全く不満はありませんでした。でも、一度限りの人生なんですから、目の前の損得ではなくもっと未知の世界へ飛び込んで冒険してみたいという衝動に突き動かされて、無謀にも政治の世界にジャンプインしました」

 2期、12年間の国会議員時代は、自らの知見を活かして司法分野で活動。法曹改革のために司法試験合格者数を当面1,500名程度としたことや、殺人罪の時効撤廃、被害者の救済制度の拡充などは、丸山が手掛けた改革だ。多様な人たちに出会い、世の中を動かすための仕組みに関わることができたのは代え難い経験だと語る一方、自分らしい人生をまっとうするには、一旦区切りをつけて次のステージに進むことも必要だったという。

 政治の世界では、何事も集団の合議で物事を決めるため、個人の意見だけではどうにもならない場面が多い。また、この世界で生きていくために自分らしさを捨てて(失って)ゆく同僚を丸山は数多く見てきた。それは、保身のために人としての魅力を失っているともいえる。そんな世界につまらなさを感じていたことや、元来、何ものにも縛られず生きたい性格であった丸山は、残りの人生を大切にし、思い切り自由に生きようと決めた。

 こうして2020年で74歳を迎えた今、丸山は新たなスタートラインに立っている。弁護士・タレント・政治家を経て、100歳までの約30年は人生の第四章。アクティブシニアとして死ぬまで挑戦を続ける生き方を自ら体現し、伝道していきたいと語る。それを象徴するのが、『100歳でフルマラソン完走』を目標に掲げていることだ。これは実際に走ることの他に、人生をマラソンと捉えその年まで、というより死ぬまで何かに挑戦を続ける生き方ということでもある。人それぞれの人生、それぞれの挑戦があるはずだ。その意味で丸山は「1%の挑戦」という言葉をよく使う。いくつになっても皆何か出来るはずだから。

 「年を取るほど、できることが少なくなるのは仕方のないこと。だからといってハナから諦めて何もしようとしないのは、生きていても死んでいるのと同じだと思います。マラソンも同じ。100歳で完走をするのは簡単なことではないし、その年まで生きられるのかも分かりませんが、目標を掲げてそれを心に抱き走り続けること自体に大きな意味があります(私のCD「浪漫(ゆめ)」の歌詞はそこから来ています)。それに、『確率が低いからやらない』という生き方は好きではありません。目標に対する結果は、常に達成できたかできなかったかの二通りしかない。いつだって確率は50%。そう考えると、いくつになっても何にでも挑戦できる気持ちになれるんです」

 何ものにも縛られず、自己実現のための挑戦を続けること。その信念に従って選択を続けてきた人生そのものが丸山和也らしさだ。また、人の評価に左右されるのではなく自分に誇りを持って自分らしく生きる人が、もっと日本で増えてほしいとも丸山は願う。

「日本は諸外国よりも幸福度が低いと言われていますよね。それは自己抑制と同調圧力が強すぎて自分を後回しにすることも原因ではないでしょうか。人の意見に合わせるだけではなく自分自身はどうしたいのかを探求すること。誰にも文句は言わせないほどの強い意志で自分らしく生きることの幸せを、残りの人生を使って体現していきたいです」


 

リスナーの目線

法律家、100㎞マラソン経験者、元政治家…と多彩な顔を持つ丸山先生ですが、文化・芸術を愛する一面も。インタビューで訪れた事務所には、2300年前のキプロス島の土器が飾られてあり、眺めると歴史と融合するような壮大な気持ちになるそうで、スペインの芸術家ダリや岡本太郎の作品からは、宇宙や永遠を感じて心動かされているそう。アートへの造詣の深さからも、常に新しい世界に飛び込んできた丸山先生の生き方を感じました。

インタビュー・編集/森田大理 撮影/後藤敦司

Profile

1946年兵庫県生まれ、早稲田大学法学部卒。1970年法務省に入省後、司法試験に合格。75年から米国ワシントン大学に留学し、卒業後はロサンゼルスの法律事務所に勤務。帰国後は海外経験を活かした国際法務など、幅広く取り組む。テレビ『行列のできる法律相談所』への出演をきっかけに、2000年頃からはタレント活動もスタート。2005年には「愛は地球を救う 24時間テレビ」のチャリティマラソンランナーとして100キロを完走。平均視聴率は歴代1位。2007年の参議院選挙にて初当選し、政界進出。2019年に議員活動を卒業し、現在はOFFICE OF MARUYAMAと、丸山総合法律事務所の代表を務めながら、アクティブシニアの体現者として『最後の一呼吸までの挑戦』を掲げている。

※CD『浪漫(ゆめ)』「弁護士丸山和也」は歌手名に弁護士とついた日本で唯一のもの

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