「プロジェクトを通じてメンバーを育ててほしい」というオファーが多いのも、池照の特徴だ。一般的に「コンサルタント」というと、解決策を提案すると「あとは自分たちで実行してください」と、いなくなってしまうケースも多い。残されたメンバーは戸惑い、難しくて運用できず結局は元のまま……そんな苦い経験を、池照自身が会社員時代に味わってきた。だからこそ、メンバーの実行力を底上げし、人事のプロフェッショナルとして育てていくことにこだわっている。
「私は、組織風土に関わることを一番大切にしています。経営者は、何かしら人に関する悩みを持っているもの。組織風土という目に見えないものを定量化し、経営課題に押し上げ、解決策を打っていく。人事の皆さんが“イケてる”プロとして、今後担うべき大切な役割の一つですし、やりがいを感じられる部分だと思います。なお、“イケてる”に決まった定義はありません。他人に定義された姿に近づこうとするなんて、イケてない。自分自身が『どうなりたい?どうありたい?何を伝えたい?』を明確にしていくプロセスが大切であり、私はその後押しをしたいんです」
もう一つ、池照のコンサルティングには大きな特徴がある。EQの活用だ。
EQとはEmotional Intelligence Quotientの略で、「感情知能(心の知能指数)」とも呼ばれる。これは、1990年代に2人の米国人心理学者によって提唱された理論。心理学の観点からビジネス社会における成功の要因を探った結果、「感情を適切に管理」し、「成果に向けて活用できる」能力が重要だと考えられている。
池照が提供するEQプログラムは、Awareness(意識)の変革から能力開発に効果的なメソッドだ。EQ発揮度を行動面から測定する検査により、個人の強み・弱みを明らかにし、能力開発につなげていくことができる。この取り組みでは、会社の研修でプログラムを受講した人が1~2年後に個人で受けに来るケースも多いという。人の感情と行動は、その時置かれている環境・風土に影響を受ける。客観的に「今の自分」を見てみたい、と再受講を希望するのだ。
近年、池照の元に多く相談が寄せられるのは、女性活躍推進の分野。たとえ制度が整っていても、十分に活かされていない企業もある。女性社員がリーダーやマネジャーとしての活躍を期待されても、本人に自信がなければ、本来持てる力も発揮されない。女性たち自身の意識変革が必要なケースは多いのだ。
こうした課題にも、EQプログラムは適している。EQ検査結果から自分の特徴を認識し、強みを伸ばし、弱みを克服できるよう意識して行動した結果、1年後にリーダーから部長に昇格した女性もいる。さらには、プライベートでも実践した結果、結婚に至ったケースもあるという。
池照が組織風土作りにこだわるのは、なぜなのか。それには、自身が妊娠を機に退職した経験が影響している。当時の池照はアディダスジャパンの人事シニアマネージャー。日本法人設立からまだ日が浅く、社内制度の整備に取り組んでいた。
ミッションの一つが、女性社員が出産後も活躍するための育児休暇・支援制度の整備。制度がほぼ完成したところで、自身の妊娠が発覚した。そのとき池照は、制度を利用せず、退職する道を選んだ。子育てに集中したいという想いが強かったのが第1の理由だが、自分が置かれている状況を見ると「子育てと仕事は両立できない」と判断したからだ。
「そのとき退職したことに後悔はありません。でも、制度を整備したにも関わらず、それを使えるような風土づくりや意識を高める活動まで及ばなかったことは、人事担当者としては失態といえるでしょう。この経験を反省として、制度と組織風土、そして意識を高めることにこだわり、クライアント企業の仕組みづくりに活かしています」
自らも選んだ「IC」という働き方。働き方の選択肢の一つとして広めたい
「昔の自分は仕事一筋のドライなタイプだった」と振り返る池照。出産を機に変わったことがある。かわいい我が子の存在、そして周囲の応援・支援に触れたことから、人間性が向上し、視野が広がったのだという。
以前から必要性を感じていた「社会を視野に入れて行動する」も実行できるようになった。NPOに参加し、理事を務めるようになったのだ。
20代の頃、外国人が仕事以外の活動について目を輝かせて話している姿に憧れた。地域活動やボランティアに積極的に関わっている人ほど、そこからの学びが仕事に活かされ、人間の幅の広さ・深さにつながっていると感じた。それを行動に移したというわけだ。
池照が理事を務めるNPOは二つある。一つは、NPO法人キーパーソン21。児童、社会人(企業)、学校、地域の協働プロジェクトとして、全国の学校現場にキャリア教育プログラム提供の支援をしているNPOだ。参画当時、代表が熱心に取り組むものの、なかなか広がらない中、池照は「企業と対等に話せる団体に育てよう」と力を入れてきた。東日本大震災を機に、企業が社会活動へ積極的に参加するようになったことも後押しとなり、ここ10年で協賛・協力企業はのべ30社以上に拡大。経済産業省から経済大臣賞(キャリア教育アワード)を授かるまでになった。
もう一つは、IC(インディペンデント・コントラクター)協会だ。「期限付きで専門性の高い仕事」を請け負い、雇用契約ではなく業務単位の請負契約を「複数の企業」と結んで活動する「独立・自立した個人」のことを、IC(インディペンデント・コントラクター)と称している。欧米ではすでに全労働人口の1/4ががICとして活躍しているが、日本ではまだなじみがないため、啓蒙活動をしている団体だ。
「私は、『週に2回は子供と一緒に夕食を摂る』と決めています。子供と一緒にいる時間を最大限確保し、経営に近いところで人事として仕事をする、という二つのことを同時に実現させる働き方が、私にとってはICでした。ICは子育て中の女性には向いている働き方だと思います。人生のステージが移り変わっていく中で、数年間ICという働き方を選ぶ期間があってもいい。自分が世の中に提供したい価値、最適なライフスタイルと働き方をふまえ、会社員かICか…といった選択ができるような世の中にしていきたいですね」
女性が自分で意思決定をできるようになれば、会社は変わる。そのお手伝いをしていきたい、と池照は言う。
もう一つ、今後挑戦したいことは、人事や人材育成に携わる若い人を育てていくことだ。人事の仕事のプロフェッショナリティを高め、もっと経営に貢献できる人財を育てる。そして経営者が、人や組織により価値を置いて戦略的に考えていけるよう、会社だけでなく社会に貢献する視点と行動力を持てるようにしていくことが目標だ。
クライアントのために、志を同じくする仲間たちと共に、池照は今日もワクワクしながら奔走している。
リスナーの目線
見た目は朗らかで親しみやすい雰囲気ながら、お話ししてみて感じる「敏腕コンサルタント」のシャープさ、熱さ、たくましさ……そんな多面性に惹きつけられます。「出産して変わった」とのことですが、お子さんへの愛にとどまらず、クライアント企業の方々、ひいては世の中のすべての人への愛情の深さを感じました。高度な専門ノウハウ・スキルを持つ方が「愛」を兼ね備えると、こんなにも強いパワーを発するものなのですね。
インタビュー・編集/青木典子、天田有美 撮影/田中振一
Profile
高校卒業後、米国カリフォルニア大学にてTESLプログラムを修了。帰国後に英会話学校での講師・学校運営を1年経験。その後、1992年から2005年まで、マスターフーズリミテッド、フォードジャパン、アディダスジャパンにて一貫して人事職を担当。出産をきっかけに退職後、ファイザーに再就職し、ダイバーシティや評価・報酬業務等の人事プロジェクトに従事。その後、日本ポールにて人事職を経験後に一旦退職し、2006年法政大学経営大学院に入学。大学院にてMBAを取得 し、在学中に有限会社アイズプラス(現・株式会社アイズプラス)を設立。2主に企業向けにEQ(感情知性)を中心に、一人ひとりが「心豊かに働く」を目指した人事制度設計、人材・組織開発コンサルティングやプログラム提供、コーチング等を提供している。自社組織の経営の他、認定NPO法人キーパーソン21、NPO法人IC(インディペンデントコントラクター)協会理事に就任し、教育、及び働き方の社会変革に携わっている。