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株式会社ネタもと

本村 衆Atsumu Motomura

代表取締役社長

企業の信頼感を高めるPRは、ますます経営戦略として重要に

アイディアを次々と出し、事業を軌道に乗せている本村だが、そのルーツは大学時代にある。当時はディスコ全盛期で、イベントの企画にのめり込んだ。人を集めるのが得意で、イベントを次々と成功させる。企業と取引するため、必要に駆られて大学2年の時に起業。ビジネスはどんどん成長し、大学を中退して事業に専念することにした。

その後は企業のセールスプロモーションをメイン事業としていたが、ネタもとの原型である「インターネット上の記者クラブ」のコンセプトを発案。PR事業にも乗り出した。ある大手企業の広報担当者から「素晴らしいサービス」と褒められ、この分野に注力することを決意する。企業とメディアのマッチングサイトにセミナーや勉強会のプログラムも追加してより付加価値を高め、業績を順調に伸ばしてきた。

ネタもとは地方展開、グローバル展開を含め、さまざまな事業を考えている。その一つが、2018年12月にスタートした広報PR職に特化した人材紹介サービス「未来広報室」だ。「ネタもと」の会員企業の中にはPR経験者を業務委託ではなく自社で正社員として採用したいというニーズがある。そこでPR職に憧れをいだく未経験者をネタもとで募集し、PRの基礎を教育していく。知識を身につけた後に会員企業とマッチングを行い、双方のニーズが合えば入社。入社後は実地でPRの仕事ができているかを確認し、必要に応じてオプションとして事後研修も行う。

PR職の経験者は、大手企業の元広報担当か、PR会社の元社員であることがほとんど。彼らは有能だが、既存の商品やサービスに新しいテーマや切り口を与えてメディアに売り込むのに慣れておらず、中小企業のPRでは力を発揮できないこともある。未来広報室で採用する人材は未経験者だが、ネタもとのノウハウをしっかり教え込むため即戦力となる。

「かつての広告のようにインパクトで物が売れる時代ではなくなりました。今後はPRという中長期的なファンづくり活動を通して会社や商品に対するファンを増やし、信頼性を高めていくことが重要です。そのため、第三者であるメディアを通して自社の魅力を発信できるPRは、経営戦略としてますます重要視されていくはず。ネタもとは、そんなPRを経営戦略に取り入れる企業をより強固にサポートするサービスを充実させていきます」

インタビュアーの目線

大きな笑顔とエネルギッシュでテンポの良い語り口調から、本村社長のネタもと事業に懸ける熱い想いが伝わってきました。PRと広告の違いなど、誰もが理解しているようで実はそうではないことをズバリと指摘し、そこにビジネスチャンスを見出された発想力には驚かされるばかりでした。PR活動の成功により中小企業がもっと発展すれば、日本企業の活性化につながるー。PRはそんな希望に溢れた仕事だと実感することができました。

インタビュー・編集/高橋奈巳、横山瑠美

撮影/平山諭

Profile

1961年、東京都出身。幼少時代は自由奔放に育つ。中学から全寮制の中高一貫校に入学。上下関係が厳しく、地獄の下級生生活、天国の上級生生活を経験。ここで、生きていく上での「強さ」「太さ」「要領の良さ」を身に付ける。
高校卒業後、青山学院大学経済学部に入学。高校時代の仲間とパーティーの運営を始める。当時はディスコ全盛期であり、毎月六本木で300名規模のパーティーを開催。船上パーティや、3,000名動員した六本木フェスティバル等を行う。そうした中、優勝すると映画に出演できるコンテストを企画。TV・新聞・雑誌等のメディアに大々的に取り上げられ、このことが本村にとって大きなインパクトとなった。学生時代には信販会社と提携し、大学生にクレジット・キャッシング機能付きカードの普及も行った。その後、JJ等の雑誌に大学生モデルを派遣していた仲間とセールスプロモーション会社を設立。業務内容は、イベント・各種キャンペーンの制作、大手料理学校とのネットワークの構築と商品化等。

40歳に近づいた時、夢・目標を明確に持つ必要性を感じ、ゼロからスタートするため、2000年に株式会社リアライズを設立。2018年に「株式会社ネタもと」に社名変更。

Contact

株式会社ネタもと

東京都港区北青山2-12-16北青山吉川ビル4F

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