誰もが対等だからこそ
実現できる就労支援。
利用者の幸せの選択肢を
増やす場所を提供する

就労支援サービス株式会社

大畑 昭康Akiyasu Ohata

代表取締役

就労移行支援での再起を決意させたパラリンピックCM

この食事会から半年後、転機が訪れる。食事会に参加していた友人の1人から、パラリンピック選手の講演会に誘われたのだ。「世界一不幸な人間が気の毒な人の話を聞いてどうするんだ…」と正直気乗りがしなかった。それでも、再起のきっかけになるかもしれないと考えた友人の気持ちを無駄にしてはいけないと、なけなしの手持ちから参加費をねん出した。その講演会で上映されたロンドンパラリンピックのCMに、大畑は衝撃を受ける。

「パラリンピック選手が、ものすごくかっこよかったんです。障がい者はかわいそう、というイメージとは真逆の世界が映っていました。たった90秒の動画でしたが、見終わってから涙が止まらない。そこでハッと気付きました。かわいそうと思っていた彼らに僕は助けられた、僕らは対等なんだ、と。そのとき、もう一度頑張ろうと決意しました。今度は僕が就労移行支援の事業を立ち上げて、彼らの役に立ちたいと思ったんです」

大畑は数ヵ月かけて事業計画を練り直し、友人らを前にプレゼンした。パラリンピック選手の講演会に誘ってくれた友人らが大畑の計画を絶賛し、出資を快諾してくれた。

ところが、またも試練が訪れる。会社設立を目前にした時期に、父親のガンが発覚したのだ。1週間の余命宣告を受けたと聞き、会社設立の準備を中断。大畑は取るものも取りあえず帰省し、入院する父親に24時間付き添うことにした。

病院ではつらい状況が待っていた。痛み止めにモルヒネを投与すると、父の苦しみは和らぐが意識が遠のいてしまう。投与しないと苦しみが増す。薬の投与は家族が決断しなければならなかった。「父にとっての幸せって何だろう」。大畑は考え続けた。

ある日の夜中、父が突然酸素マスクの届かない窓際で外を見たいと言い始めた。マスクを外せば命に危険が及ぶ恐れもある。迷ったが最終的には父親に肩を貸し、ベッドを出た。

「千葉の片田舎の風景を、それはそれは満足そうに眺めるんですよ。きれいだなあ、と言って。ひとしきり景色を眺めた後、父は満足してベッドに戻りました。そのとき、自分の判断は間違ってなかった、ベッドから連れ出して良かったと思ったんです。人間の幸せとは何か、真剣に考える時間をもらえた。この出来事は間違いなく、就労支援サービスの事業について考える際の礎になっています」

Profile

1972年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、アクサ生命保険株式会社、トランスコスモス株式会社を経て、株式会社サイバードにて新規事業立ち上げ責任者として沖縄県に事業会社を設立。退職後、沖縄県にネット通販、ウェブサイト制作、ゲーム開発を事業ドメインとする株式会社ソシアブリゲードを設立し、沖縄に移住。パラリンピック柔道選手・初瀬勇輔氏との出会いをきっかけに、障がい者福祉に強い関心を抱く。15年以上にわたるIT業界での経験と人脈を障がい者福祉に活かす方法を約1年半かけて模索し、ITスキルの習得支援を強みとする就労支援サービス株式会社を設立。就労移行支援事業「就労支援ワークイット」を開始。就労支援員として、求人の開拓、プログラム作成に奔走中。趣味は読書。涙もろく、感動するとすぐ泣く。家族は妻、子ども2人。

Contact

就労支援サービス株式会社

沖縄県那覇市牧志3-13-16

https://www.workit.okinawa