誰もが対等だからこそ
実現できる就労支援。
利用者の幸せの選択肢を
増やす場所を提供する

就労支援サービス株式会社

大畑 昭康Akiyasu Ohata

代表取締役

会社員を辞め、沖縄で起業するも事業に失敗

大畑は千葉県の出身。母方の実家が商売をしており、いつか自分も「社長」になってみたいと高校生の頃から考えていたが、大学卒業後は地元の企業に就職した。世の中はちょうどベンチャーブーム真っただ中。大畑はベンチャー企業に憧れ、情報通信系大手の子会社に入社した。しかし、過労の末に倒れ、また職を変わる。その後はIT系企業を皮切りに3社を経験。3社目で沖縄での新規事業を発案し、新会社設立に参画する。これが沖縄との出会いとなった。

ところが、この新会社が設立半年で売却され、急きょ東京の本社に呼び戻されることになる。ショックを受けた大畑は会社員として燃え尽きたと感じ、独立を決意。沖縄で会社を設立し、沖縄出身の妻の実家が栽培していたマンゴーの通信販売事業を始めた。

そのうち、通販のWebサイトをつくったことがきっかけでWebサイト制作、ゲームの受託開発へと事業を拡大する。東京にまで営業に出向き、仕事のスケジュールが1年先まで埋まるほどの案件を受注した。従業員も30名ほどに急増した。

だが、ここでも順風満帆とはいかない。顧客からの未払いによる資金繰りのショート、契約を無視した一方的な受注案件の白紙化など、思いもよらない出来事がいくつも重なり、売上があっという間になくなったのだ。従業員から見切りをつけられ、全員が退職。大畑は一人で借金を背負うこととなった。

事業に失敗すると、周りの人たちが次々と離れていった。手持ちのお金が借金の返済額に足りず、自ら命を絶とうと考えたこともある。ただ、そんな中でも気にかけてくれる友人がいた。そのつながりから少しずつ仕事を請け負って、日々を食いつなぐことができた。

そんなとき、友人たちとの食事会で大畑は初めて「就労移行支援事業」への想いを語った。障がい者の就労移行支援は、実は事業失敗前に構想していた新規事業だった。ただ、当初はあくまでビジネス目的で、深い思い入れや事業計画はなかったという。

Profile

1972年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、アクサ生命保険株式会社、トランスコスモス株式会社を経て、株式会社サイバードにて新規事業立ち上げ責任者として沖縄県に事業会社を設立。退職後、沖縄県にネット通販、ウェブサイト制作、ゲーム開発を事業ドメインとする株式会社ソシアブリゲードを設立し、沖縄に移住。パラリンピック柔道選手・初瀬勇輔氏との出会いをきっかけに、障がい者福祉に強い関心を抱く。15年以上にわたるIT業界での経験と人脈を障がい者福祉に活かす方法を約1年半かけて模索し、ITスキルの習得支援を強みとする就労支援サービス株式会社を設立。就労移行支援事業「就労支援ワークイット」を開始。就労支援員として、求人の開拓、プログラム作成に奔走中。趣味は読書。涙もろく、感動するとすぐ泣く。家族は妻、子ども2人。

Contact

就労支援サービス株式会社

沖縄県那覇市牧志3-13-16

https://www.workit.okinawa