ビジョンと理念の実現に向け、
徹底した「現場目線」の
マネジメントにこだわる

株式会社GOOYA 取締役 常原 明

株式会社GOOYA

常原 明Akira Tsunehara

取締役

2017.05.27

現場と経営陣をつなぎ、組織のチューンアップを図る

着実に成長を続ける株式会社GOOYA(ゴーヤ)において、取締役兼COOを務めるのが常原明だ。創業から5年目、業績がまだ不安定だった2009年に入社し、代表取締役の杉村とともに会社の発展を支えてきた。

 現在、常原が担当するのは、GOOYAの主柱である3事業全体の統括だ。経営と事業責任者、そして現場をつなぐパイプ役として部署間を越えた活躍を見せる。「苦労の連続ですよ」と笑うが、社内でそれぞれの役割が明確になり、組織体制が確立してきたことに揺るぎない自信を見せる。

 「GOOYAはボトムアップ型の組織です。 実務だけではなく、経営そのものの課題を見つけるためにも、現場の声を大切にしています。その上で、組織が崩れないよう意識しながら、部長や経営陣に伝え、調整していく。その逆もしかりです。杉村からのメッセージを事業責任者に伝え、現場まで届くよう注視しています。僕は組織には伝言ゲームの側面があると思っているんです。考え方や想いは、言葉にして伝えることが大切。正しく理解されるために、どう伝え、実務まで落とし込むか。それによって事業の運営体制が変わると考えています」

 多くのベンチャー企業がそうであるように、GOOYAも創業からしばらくは役割分担が不明瞭だった。それゆえ、個々の業務に負担が増え、経営と現場の間に不協和音が流れたこともあった。

現在は、組織のあるべき姿にようやく近づいてきたと語る常原は、社員それぞれが自分の力を発揮できる環境づくりにも力を入れている。

「社員には、自分の得意なことを見つけてもらい、それを活かせるポジションで仕事を任せられるように努めています。そのためにも、まずは与えられた仕事に真摯に取り組んでほしいと思っています。その姿は誰かが必ず見ているので、地道に頑張ることで、思いがけず大きな仕事を任せてもらえることもあります」

現在、マネージャーを務める20代の若手社員は、営業から事業企画の担当に抜擢された1人だ。彼は、事業企画としてどのように会社に貢献すれば良いかを考え、業務フローの整備や、バラバラに管理されていた3事業の契約データの一元管理に向け、自ら学び、メンバーを巻き込みながらやり遂げたという。

「仕事を任されたときは、まずはチャレンジするという姿勢を持ち、ポジティブにとらえるべきです。不安もあるかもしれませんが、周囲と協力して乗り越えたときに、『だからこそ今がある』と思える日が来ます。事業企画を任せた社員は、現在、責任のあるポジションに就き、予算審議やマネジメントにも携わっており、彼自身のキャリアの可能性も広がったのではないかと思います」

株式会社GOOYA 取締役  常原 明

1本の電話がもたらした、GOOYAとの出会い

現在は組織マネジメントを担当する常原だが、社会人としてのキャリアは営業から始まった。

関西の大学を卒業後、電器メーカー系の商社に入社、営業部に配属された。「街の電気屋さん」を中心に100店舗を担当し、「商売の本質を学んだ」と常原は言う。

「地元に根付いた商店を顧客としてがっちり掴むには、信頼関係の構築と、地道なセールス活動が重要です。顧客から『ツネちゃん、パーツが1つ足りないよ』と言われれば、原価数十円のどんなに小さな部品でも、100キロ先の現場まで高速を飛ばして届けに行っていました。明らかに効率は悪い。でも、コツコツお客様の要望に応えること、それがやがて大きな仕事につながるのだと実感しました。当社の営業部隊もコツコツと努力を続け、クライアントの信頼を勝ち取っています」

電気屋を巻き込んだオール電化の街づくり設計プロジェクトを推進し、高い実績を挙げるなど仕事にやりがいを感じていた常原だったが、27歳のときに退職。フリーの生活に入り、FXトレードで生計を立てていたが、2008年のリーマンショックによるゼロリセットを受け、茫然自失の状態に追い込まれる。

仕事もない、お金もない、自分はこれからどうすればいいのかと悩んでいると、すでにGOOYAで働いていた実兄(現GOOYA取締役:常原愛)から電話が入った。「会わせたい人がいるから、東京に来い」。軽い気持ちで新幹線に乗った常原だったが、杉村との対面により、大きな転機を迎えることとなる。

「杉村と会って最初に感じたのは『自分とは何が違うんだろう』ということ。自分はサラリーマン経験しかなく、歳も2つしか変わらないのに、相手は東京でITベンチャーの社長をやっている。かっこいいなぁと。でも、憧れや尊敬とは違って、杉村に対する好奇心のほうが大きかったですね。当時はやりたいこともなく、とにかく誰かと仕事をしたい、この一心でGOOYAに入ることにしました」

面談の数時間後には、杉村の紹介で住む部屋を決め、その翌週から東京で働くことになった。営業部門の即戦力として入社したが、IT未経験にもかかわらず、仕事は実践を通じて覚えるもの、という風潮。その上、事務作業も全て自分でやらなければならず、常原は、大きなカルチャーショックを受けた。

入社から2ヵ月たっても、営業成績は一向に伸びず、幹部に呼び出された常原は厳しい言葉を受ける。「このままだと、もう後がない」、そう感じた常原は1ヵ月で結果を出すことを宣言し、何とか1件の受注を果たす。

 これをきっかけに、迷うことなく仕事に邁進した常原は、次第に社内で存在感を高めていき、2011年、エンジニア派遣事業部の部長、執行役員に抜擢された。人員不足など多くの課題を抱えながらも、会社を支えたいという一心で取り組んだ。マネジメントだけに専念することはなく、常原自身も営業の最前線に立ちながら、チームとしての目標達成にこだわった。

その2年後には、メンバーの発案で開発された自社採用媒体『なびく~る』のリリースや、IT未経験者をエンジニアとして教育する『TECH DOJO』を立ち上げ、事業部として目覚ましい実績を打ち立てた。しかし、事業責任者として現場を指揮しながら、取締役として会社全体の運営に携わっていた常原は、それぞれの役割を全うしようとするあまり、1人で多くの仕事を抱え込んでしまった。その結果、常原の体は悲鳴を上げてしまった。杉村や幹部に相談すると、すぐに休むように言われ、現場をメンバーに任せて入院することになった。しかしその間、事業部のメンバーがそれまで以上に主体的に考え、行動することで、常原なき現場をしっかりと支えた。

「当時は、社内の役割分担が不明瞭だったこともあり、自分の責任感だけで突っ走っていました。現場では些細なことにも口を挟んでいましたし、時にはみんなの気持ちを考えずに、叱責することもありました。ところが、療養中、それがみんなの成長を止めているのではないかと思ったんです。組織を作っていく上で大切なことは、メンバーを信頼して任せることだと気付いたのです。あの時に、これまで多くの仲間に支えられていることを痛感しましたし、今も本当に感謝しています。GOOYAはチーム・組織で戦っている会社。社員にも、これから入ってくるメンバーにも、杉村をはじめ、幹部陣、上司、仲間を頼ってほしいと思います」

復職後、常原は、大きな判断が必要な場合以外は見守るスタイルに変えた。常原の変化とともに、事業部のメンバーたちは、より闊達に仕事をするようになり、数年後、部門過去最高の業績を挙げた。

その後、会社のIPO準備により、焦りに駆られて再び厳しいマネジメントを行うこともあったが、IPOの準備が取りやめになり、常原は管理部門の統括も担当することになった。

「管理部門も見るようになって、改めて営業、技術、バックオフィスの各部門が一枚岩にならないと、会社の成長はないと感じたんです。チーム、組織として会社を盛り上げていくためには、事業側、管理側の想いを汲んだマネジメントが必要だと感じました。社員同士、お互いの仕事の大変な部分を理解するために、今後はジョブローテーションすることも視野に入れています」

株式会社GOOYA 取締役  常原 明

Profile

1980年兵庫県西宮市生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、メーカー系商社にて、営業を担当。2009年株式会社GOOYAに営業として入社、2012年よりエンジニア派遣事業部長、取締役に就任。エンジニア派遣事業の拡大や、育成機関『TECH DOJO』の立ち上げに携わる。現在はGOOYA全事業の統括を担当。

趣味は音楽、バンド活動、スノーボード。

Contact

株式会社GOOYA

http://www.gooya.co.jp/

株式会社GOOYAのメンバーストーリー
株式会社GOOYA 代表取締役  杉村隆行
杉村 隆行

株式会社GOOYA
代表取締役

一人ひとりのキャリアを形成し 「人と世界を笑顔でつなぐ。」 事業展開を目指す

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